作家の五木寛之さん(87)が1969年から断続的に連載している「青春の門」のシリーズ最新作『新 青春の門 第九部 漂流篇(へん)』(講談社)が刊行された。四半世紀を経て執筆を再開し、完結に向けて動き出した。
福岡・筑豊の炭鉱町出身の伊吹信介らを描いた青春群像劇。物語は、信介がユーラシア大陸横断の大望を抱くところで中断していた。再び筆をとった心境について五木さんは「出版の状況、読者の要望、体力、気力の全てが整った」と振り返る。
無鉄砲にも旅券なしのシベリア密航。大陸横断計画は頓挫し、かくまってくれた日本人医師の元でロシア語に打ち込むことになる。「これまであちこち走り回っていた信介に、いっぺん内省的な時間を持たせたかった」。シベリア出兵に絡んだ国家機密を独自に調査する医師の元で、知的にたくましくなっていく。
早稲田大学露文科に学び、『さらばモスクワ愚連隊』でデビューした五木さんだが、ロシアとの出合いは決して幸福なものではなかった。平壌で終戦を迎えた12歳の五木さんは、ソ連進駐軍の暴掠を目の当たりにする。「体中に入れ墨の入った見るからに無頼漢」。だがある日、兵営に帰っていく彼らが口ずさんでいた民謡が耳に留まった。
誰かが口ずさむメロディーに仲間たちの高音と低音が重なっていく。斉唱しか知らなかった少年が初めて聞くハーモニーだった。「けだもののような荒くれ者たちがなぜこんな天上の音楽のような美しい歌を歌えるのか」。人間の深部に触れてくる大きな謎が胸の奥にしまわれた。
続く第10部では、帰国した信介がボリショイサーカスなどソ連芸術を呼び込む国際芸能稼業に関わっていく。歌手デビューした幼なじみ織江との運命の交差も見どころだ。
ラストシーンは決めている。29歳の信介が、筑豊のボタ山からかつての炭鉱地帯を見下ろし、自分の青春は終わった、とつぶやく――。「とはいえ、そんな構想も絵に描いた餅。そのようになればいいなというだけで、未完ならそれはそれで構わないんです」。全ては「他力」の風次第なのだ。(板垣麻衣子)=朝日新聞2019年10月23日掲載