「料理って楽しいんですよー!!」
「クッキングパパ」の単行本カバーの作者・うえやまとちのコメントには、1巻から現151巻まで、冒頭にずっとこの言葉が書かれている。連載開始は1985年。150巻の巻末で「『男が料理? なんで?』と言われていたのが、『男も家事、育児に参加するのが当たり前』という時代になりました」と作者が述懐するように、この作品は時代を先取りする父親像を描いてきた。それも押し付けがましくなく、説教臭さもなく。ただただ「料理は楽しい」ということを伝えながら。
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本作の主人公・荒岩一味(かずみ)は、福岡・博多の街でバリバリ働くサラリーマン。無口で武骨な性格のため、一見こわそうだが、家庭を大事にする良き父であり、職場の仲間を思いやる優しい上司である。大の料理好きで、得意の料理でたびたび皆の心を和ませていた。妻の虹子は新聞記者でこちらもバリバリ働くキャリアウーマン。一味とは対照的に料理は苦手だが、不器用ながらも一生懸命で子どもたちを常に大切に思っている。
そんな温かな荒岩家を軸に、多数の登場人物との交流・成長が描かれる物語だ。例えば第1子のまことは、連載開始時は小学2年生だったが、今では大学も卒業し、京都のレストランへの転職が決まった。読者はそうした成長を、実在の親戚を見るかのような目で見守ってきた。
当初、一味は自分が料理をしていることを周りに隠していた。バレそうになると、妻や部下の夢子が作ったとごまかしてきたのだ。これは冒頭のとおり、「男子厨房(ちゅうぼう)に入らず」の時代を反映してのことである。一味が料理することをオープンにしたのは、単行本でいうと51巻から。98年に刊行されているので、その頃くらいからようやく時代が本作に追いついてきたと言えるだろう。
2000年代に入ってから「イクメン」という言葉が流行したが、「育児に協力的な男性」という意味合いで、男性が当たり前に育児する世の中には遠い。しかし、令和はやがて「イクメン」という言葉も死語になり、「誰でもクッキングパパ」の時代になるだろう。料理を含む家事育児を、家族の役割として自然に受け入れている一味のように。
そんな潮目を感じたのは筆者自身が妊娠して、地域のマタニティークッキングに参加したことがきっかけだ。参加者には夫婦同伴の人も多く、どの旦那さんもオロオロすることなく、自然と取り組んでいた。もちろんまだ女性の参加数のほうが多いし、男性の育児休暇の取得率を見ても「誰でもクッキングパパ」の時代にたどり着けたとは言えないが、意識は少しずつ変わってきたように思う。
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京都国際マンガミュージアムではそんな時代を予感して、10月19日に「マンガクッキング11杯目~マタニティ編・妊婦を応援する料理~」を開催した。「クッキングパパ」に登場する料理をうえやまとち自身が実演しながらトークする恒例イベントで、今回は妊娠・出産にまつわるエピソードに注目した。明らかになったのは、作中で誕生した赤ちゃんがおよそ30人もいること。つわり中の妊婦が食べやすい料理から赤ちゃんの離乳食、父親になる不安を克服するおやつまで、多数のおいしい料理とともに、当初から変わらない理想の家族像が描かれてきた。そこにはやはり「料理は楽しい」という一貫した信念と、さらには「育児は楽しい」という思いも込められている。
「クッキングパパ」の先駆性に改めて驚くとともに、なぜこんなに長く愛されている作品なのか、改めて実感した日だった。新しい時代に入った今こそ、読んでほしい。=朝日新聞2019年10月29日掲載