姫野さんの受賞作『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)は、16年に東大生5人がおこした強制わいせつ事件をモチーフにした小説。作品について、「今の若者が、今の若者の生活の中で、起こった事件を追っていく構成になっています。それを若者じゃないものが書くというとなると、大変注意を必要とします。私は、もちろん、注意を重ねて書いたつもりなんですけど、それでも本になって、本屋さんに並ぶと、心配でした。そんな時に、若者の、22歳の原沢くん(俳優の原沢侑高さん、当日、姫野さんをエスコートして登場)から、書評というのじゃ無くて、レビューサイトというレビューでも無くて、本当に生の声っていうので、ずっと書いて下さって、それですごくほっとした」と話した。
柴田錬三郎については高校時代、生徒手帳に写真を入れて持ち歩いていたエピソードを披露。「(会場の)柴田錬三郎っていう字を見ていたら、教室が浮かんできて、授業の合間に生徒手帳を出して写真を見て、これから未来に向かってやるんだと、どくどくしていた頃の自分がありありと蘇ってきました」と語った。
続いて、「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受けた高瀬隼子さん(1988年生)が登壇。「子どもの頃から小説が好きで、小説家になりたいと思ってきました。今そのことが現実になり、とても嬉しいという気持ちと、それと同じかそれ以上に怖いという気持ちがあります。自分が持っているものを全て書けなければいけない、書けても足りないかもしれないと思っています。それでもがんばって行きたいと思います」とあいさつした。
第32回小説すばる新人賞は2作。「しゃもぬまの島」の上畠菜緒さん(1993年生)が小説を書き始めたのは島根大学の総合文芸部に所属してから。部誌への掲載をめざし、自らの作品を多くの人と語りあうなかで、小説を書く楽しみに目覚めたという。「小説を本という形にしていただき、沢山さんの方に読んでいただくには、出版社の方々のお力を借りないと出来ません。そのためには小説家にならないといけません。賞に選んでいただいたということは、小説家として、産声を上げさせていただいたということだと思っております。呼んでいただいたからには、お力を借りながらでも、自分の力でしっかりと育てて、ちゃんとした小説家にならないといけないと思っています」と意気込みを語った。
もう一人の受賞者、佐藤雫さん(1988年生)の「言の葉は、残りて」(「海の匂い」改題)は、大好きな源実朝を主人公にした物語。看護師の仕事の合間をぬって書き上げたという。「作品の登場人物たちは、大切な我が子のような存在。愛おしい我が子たちが、私の想像の世界から羽ばたいて行って、大きな贈り物をしてくれた。受賞の喜びを感じると共に、これから先、大切な我が子たちが読者のみなさまにも愛されて行って欲しいと、親として切に願っています。2019年は実朝没後800年の節目の年。その年に賞をいただいて、このように皆々様の温かい祝福の元で作家としてのスタート地点に立てたことを本当に幸せに思います」と喜びを語った。
最後は、『聖なるズー』(集英社)で第17回開高健ノンフィクション賞を受けた濱野ちひろさん(1977年生)があいさつ。受賞作でドイツに住む動物性愛者(ズーファイル)たちについて取り上げた動機について、自らが10年にわたって受けたDVと性暴力の体験から語り起こした。「この作品を書き上げることによって、きっと私は変わることが出来たのでしょう。様々なことがあったから今があります。思えば私たちは誰だって、なんらかの境界線上で迷い、時に苦しみながら、未来へと進んでいくものなのだと私は今思っています。決して楽ではなかった執筆期間を乗り越えられたのは、私を支えて下さった多くの皆様のおかげです。心を開いてくれたドイツの“ズー”たち。日々私を見守り、最高の相談相手になってくれた妹、つねに明るさと笑いと優しさをくれた親友たち、研究の苦労を分かち合う大学の仲間たち、そして、作品を認めて下さった審査員の方々、この場を借りて、全ての皆様に、深くお礼を申し上げます」と述べた。