川谷絵音さん「歌詞の力に気づいたとき、僕の音楽は始まった」(第10回)

【今回のテーマ】夏がくれた気持ち
日常の感情を言語化するヒントを多彩なゲストとともに探求する「わたしの日々が、言葉になるまで」。今回はMCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、俳優の森迫永依さん、小説家の綿矢りささん、そして川谷さんの5名で「夏がくれた気持ち」をテーマに話し合いました。
「今度〈日々こと〉に出るよって友だちに言ったら『毎週見てるよ』って言っていました。僕の周りにもこの番組を見ている人は多いです。やっぱり言葉ってすごく身近にあるものなので関心が高い。その割に誰かとそれについて真剣に話し合うことはないので今回すごくいい経験をさせてもらいました」
番組では川谷さんが作詞したindigo la Endの「夏夜のマジック」が引用されました。「エモい」は歌詞にそのまま使うのはちょっと違うなと思っている、とか、思いついた言い回しは検索して同じ表現がないかチェックするなど、川谷さんだけの〈新しい言葉〉を見つけることにこだわりを感じました。いつもどうやって歌詞を思いついているんですか?」
「最近使ってないなっていう言葉が頭に浮かんだ時がスタート。そこに普遍的な言葉を合わせたり、ふだんない組み合わせを考えたりして、それがしっくりきたらAメロから歌詞を書き始めます。頭の中にもう一人の自分がいて、新しい言葉に触発されてストーリーを展開していくイメージ。だから基本的に時系列に沿っているし、歌詞をサビから思いつくことはほとんどない。それだとAメロが後付けになっちゃって自分の中で気持ち悪いんです」
面白いですね。川谷さんといえば、「私以外私じゃないの」「ロマンスがありあまる」といった曲名や、休日課長やほな・いこかといったバンドメンバーの命名もユニークですが、「名づけ」にも面白味を感じているんでしょうか。
「そうですね。移動中に出してもないアルバムのタイトルを考える遊びをよくします。実際作るアルバムもタイトル発想。1年ぐらい前からタイトルだけメンバーに送って、それに合わせてあとから内容を決めていくんです。造語が好きなんですよね。メンバーの名前を作るのもすごく楽しかった(笑)」
その言語感覚はどこから生まれたものなんでしょう。
「うーん……、とくに文学を勉強した記憶もないし、読書家ってほど本を読んでいるわけでもないんです。ただ、親が純文学が好きで家に色々並んでいたので、それで自然と覚えた言葉もあるかもしれません。当時はそんな親に反発していたのですが。今回ご一緒した綿矢りささんの小説ももちろん読んできました」
言葉を作ることと音楽を作ることは、川谷さんのなかでどういう比重なんですか。
「同じくらいの熱量です。僕、バンド始めたばかりの大学2年生くらいの頃は歌詞っていらないんじゃないかと思っていたんです。歌詞の意味がよくわからない洋楽ばかり聴いていたので。けれど大学4年くらいかな、プロを目指す輪郭が見え始めたときに、歌詞がないと他のバンドと闘えないって気がついて。あらためてスピッツなどを聴き直して、歌詞の美しさ、面白さを知りました。今は、言葉が成立していないと音楽も成立しないと考えています。歌詞って大げさな言葉も使うんですけど、音楽がなくて歌詞だけ読んでも恥ずかしくないものにしたい。それがさらに音楽で美しくなるというのが理想です」
言葉の比重がこれほど高いとは驚きです。川谷さんの音楽は歌詞の力を見つけた瞬間に完成された、とも言えますか?
「うん、やっぱり歌詞がないと表現できないと思いますね」
失恋などマイナスなことのほうが歌詞は書きやすくて、逆に前向きなときは音楽は必要ないと思うから「応援歌ってよくわからない」というお話もありましたね。では川谷さんは歌で何を伝えようとしているのですか。
「伝えたいことってあんまりないんです。その時の自分の感情整理のために歌詞を書いている。ただそれを人前で歌ったときに、聴いた人がいろんな解釈をしてくれて、広がっていくのがうれしい。SNSで歌詞の考察をアップしてくれる人もいるんですが、僕が意図していない読み方をしてくれて、それもアリだな、言葉って無限大だなと改めて思いました。僕にとってリリースとは曲が僕から独り立ちする瞬間。もう僕の曲ではなくなって、聴いた人それぞれの曲になっていく。そこにやりがいや面白さを感じています」
番組で共演者の皆さんと「夏がくれた気持ち」について話し合って気づいたことは。
「まず、こんなに夏が好きな人がいるんだな、と驚きました」
たしかに! 川谷さん以外はみんな夏が好きでしたもんね。
「そうなんです。僕は夏嫌いでだんぜん秋派だったんですが、秋を敵対視しているような言葉も出てきて。吉本ばななさんの『N・P』という小説から〈秋が牙をといでいる〉という表現が紹介されたのですが、秋を悪者扱いする発想が僕にはありませんでした。作詞家として、自分にない感覚を学ぶことも必要。この番組のおかげで〈夏が好きだ〉っていう曲も書けるかもしれません」
他のかたの言葉で印象的だったことは。
「綿矢さんが小説で夏を表現するのに〈砂〉を使うとおっしゃっていたこと。サンダルの足についた砂とか、太陽の照り返しで砂が白く見えるとか。すごく詩的で美しい。僕も砂をモチーフにすることはあるんですけど、それが夏と結びついてなかったので衝撃でした。やっぱりこれも他者と言葉について話すこの番組ならではの気づきですよね」
次回のテーマは「人の不幸はどんな味?/人の幸せはどんな味?」。すでに収録を終えられていますが、見どころは?
「森迫さんの考えにぜひ注目してほしいですね。人の不幸についても幸せについても、すごくまっすぐな考えをお持ちだったのですが、僕はいまだにちょっと疑っています。そんないい人間はこの世に存在しないと思っているんで(笑)。そこを追及するひとりさんと、あくまでまっすぐな森迫さんの攻防にご注目ください」
【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は7月12日(土)20:45~。テーマは「人の不幸はどんな味?/人の幸せはどんな味?」です。