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BL作家・樋口美沙緒さん、デビュー10周年インタビュー BLには生きづらさの答え 

インタビュー:貴腐人、構成:五月女菜穗、写真:有村蓮

自分の弱さや生きづらさを認めることが大事

――多感な高校生たちの切な痛い恋と葛藤を描いた最新刊『わたしにください』。「学級委員長」の路は、ある事件をきっかけに、クラスでもカリスマ的人気の森尾に組み敷かれ、その体をめちゃくちゃにされてしまいます。最初はドキドキしたんですけど、読んでいて胸が痛くて痛くて。改めて『わたしにください』にはどのような思いを込めたのでしょうか。

 結構テーマの重たい作品なので、込めた思いも重たくなってしまうのですが……。この作品を書いていた頃、自分に足りていないものがあって、息苦しく、生きづらいと感じたり、こういう風になれたら生きやすいのにという周りに対する羨ましさや劣等感を抱えていました。この作品の登場人物たちも、何かしらが足りなかったり、周りと自分を比べて羨ましく思ったりする、そういった若くて青い感情を持って生きています。

 「わたしにください」というのは、祈りの言葉だと思うんです。人が祈る時は、無力の時かなと。欲しいものがあったり、願望があったりしても、自分の力ではどうにもできないから祈ると最初に書いた当時感じていました。そうやって祈ることは、すごく大切なことだと思うんです。素直に祈ることができる時は、自分の弱さや生きづらさを認める瞬間だと思うから。この作品を読んでくださる人には、自分自身の今のあり様や苦しみがあってもいいものなのだと思ってくれたらいいなと思います。

――執筆にあたり、苦労した点と楽しかった点を教えてください。

 この作品は、15年前に書いた投稿作を直した作品です。苦労したことは、15年前の自分の気持ちがはっきりとは分からないところ。年齢も生活も違う、15年前の自分が何を書こうとしていたのか。まずそれを崩さないようにしなくてはいけなくて、文章も稚拙だったりするんですけど、そこを直しちゃうと全体のバランスが崩れてしまって、世界観も崩れるから直せないこともあって。昔の良かったところを殺さないようにしながらも、読者に伝わるものに変えていく。そのバランスを取るのが難しかったです。

 一方で、15年前に投稿して落選した作品が、こうして発刊していただけて、絵がついて、本になることは奇跡だと思っています。これは一人の力では成し得なかったことで、出版社の方、担当さんやイラストレーターさん、書店の方など、本が出るまでのところを支えてくださる方々、それから手にとって読んでくださる読者さんがいたから、ここまで来られた。本当にありがとうございますと、感謝の気持ちでいっぱいです。

――樋口さんが「BL」で表現するのはなぜですか。

 BLは自分の書きたいことを表現するのにぴったりだと思ったんです。私はもともと子どもの頃から趣味で小説を書いていて、20歳ぐらいのときからは、オンラインサイトに小説を投稿していました。最初はいわゆる男女モノを書いていたのですが、大人になって、BLを初めて読んだ時に、これは面白いと思って。自分でも書き始めるようになりました。

 というのは、私は恋愛要素のあるものを書きたいけれど、当たり前に恋愛をしてほしくなかったんですね。主人公やキャラクターたちに、好きになってはいけないという感情を芽生えさせたり、愛情を受け入れたりすることに拒否感を持ってほしかった。

 男女の場合、どうしても無理矢理に設定を作らなくてはいけなくて、限られてしまうなと思っていたのですが、BLの世界では、今はそのような時代ではないですけれど……当時は男同士だから、そもそも“ありえない”というところから出発できる感じがありました。自分の書きたいことがBLなら書きやすいと思ったんです。今はまた、違う部分で書く意味を感じています。

――デビューのきっかけと、デビューが決まった時の心境を教えてください。

 7年ほど投稿を続けていました。デビュー元は白泉社ですが、徳間書店にも担当さんが付いてくださっていて、プロットを出して、原稿を書いて、ボツになって、それでも書いて。7年もやっていたので「デビューできるのかな?」という気持ちが強く、いざデビューが決まっても、あまり実感がなかったというのが正直なところです。でも、デビューしてからの方が大変なので、ここからが本番だと思っていたことを覚えています。

 デビュー作の『愚か者の最後の恋人』は投稿がうまくいかなかった時期に、もう自分が好きなものだけを詰め込もうと思って書いた作品。主従や孤児など、自分の性癖や好きなものに素直になりました。

――投稿して7年後にデビュー! 作家としての道を諦めようと思ったことはありますか?

 何回も思いました。別に自分は世の中に求められていないのだなと思うようになり、正解が分からなくなった時期もありました。売れている小説を研究して、それに合わせて書いてみたりもするけれど、自分が本当に書きたいものではないので、結局気持ちが入らずに、つまらない作品になってしまって。その時はとてもつらかったですね。

 単に小説家になりたいために書いているのなら、意味がない。けれど、書きたいものがあって、小説家になりたいのなら続ける意味があると思いました。まだ書きたいものが自分の中にあったので、世論に合わせるのではなく、自分の書きたいもので勝負しようと腹をくくりました。そうして、何とかデビューまでいけたという感じです。

キャラクターに深く潜って、理解するまで書き続ける

――諦めなくてよかったです! 樋口さんの作品を読んでいて共通するなと思うのが、許しと再生です。何かあっても葛藤して、散々もめたけど最後はお互い歩み寄って許して、また新しく関係性を再生していく。毎回希望を感じています。執筆する上で、各作品に共通するこだわりやポイントはありますか?

 キャラクターをテンプレートにしないということを気をつけています。キャラクターを定型に当てはめて、それ以上考えないと、つまらない作品になってしまう。物語の中だけれど、生きている人だと思うんです。生身の人が人と初めて出会って、その人を知っていくのには時間がかかる。たくさん話をして、いろいろな面を見ても、見える側面は限られていたりしますよね。それと同じことです。小説は見えないところまで扱わなくてはいけないものだと思うので、キャラクターのことが深く分かるように努めています。

 人の言動には、その人なりの理由や生き方があると思うんです。そこを分かっていないのに書くことはせず、分かるまで、何回も書き直して、書き続けるようにしています。私のイメージでは、そのキャラクターに深く潜っていく感じ。集中力がないと、その人の中の深いところの窓を開けるのに時間がかかりますね。

――作品を読んでいてわかります。樋口さんの「萌えポイント」はどんなところですか。

 デビューした頃は、あんまり綺麗じゃない、平凡な子の受けが好きだったんですよ。でも最近美人受けブームが自分の中で来ていたので、美人を書いていました。「みなしご萌え」とか「体格差萌え」とかほかにもいっぱいあるんですけど、葛藤してる人の内面みたいなところが好きですね。違っている人同士が歩み寄っていくのはすごく好きなので、そういうところを書くのが好きです。

――デビューしてからこれまでの間、特に思い出深い作品があれば教えてください。

 どの作品も思い入れがあるのですが、『愛はね、』は人生で一番最初に書いたBLなので思い入れが強いですね。予備校生の多田望が、ノンケの幼馴染である俊一に恋をするお話です。もともと投稿作で、それを直して出させていただいたのですが、書いている時からすごく直すのが難しかった作品です。

 賛否が分かれるだろうなというのも分かって書いていて、実際分かれたりもして、そのことでもいろいろ苦しんだのですが、この作品がなかったらBLを書いていない。自分の原点のような作品です。

 この作品を書いたのは、本当に若い時で、直す時に、自分が何を描こうとしてたのか分からなくて。冒頭10ページあたりに主人公の望くんが、俊一くんという攻めの子の家に走って逃げていくシーンがあるんですけど、あまりに分からなすぎて、近所を全速力で走ったりして。望と同じ行動をしたら分かるかなと思って再現したりしていました。若いですね(笑)。

――タランチュラやナミアゲハなどムシをモチーフにした男性たちの愛を描く「ムシシリーズ」は来年10周年を迎えますが、最初に読んだ時は「え、ムシ?」と思って。あとがきを読んだら、ムシがお好きだからこうなったんだと納得いたしました。

 ムシには、生活の知恵が詰まっている。生命体として合理的で、宇宙を感じます。繁殖や生殖に特化して今の形になっている。環境が崩れてしまうと、絶滅してしまうこともあるけれど、環境や生き抜く術として進化して、今の形になったということが美しいなと思いました。

 子どもの頃は、遊んでいる側にムシがいました。でも東京にいると、あまりムシを見ないなと思って。それで、会社の帰り道にムシを探したんです。子どもの頃に見ていた小さい蝶々は何だったのか、とか、今東京にもムシはいるのかな、とか。そうしたら、意外とムシは東京にもいることに気がついて、調べ出したら、ハマってしまったんですよね。

――各キャラクターが昆虫の能力を持っています。性モザイクやボルバキア症、フェロモンなど、虫の性質があってのことだと思うんですけど、それをどのようにキャラクターの中に落とし込んでいったのでしょうか?

 そんなに複雑なことでもないですよ。このムシで書こうと決めたら、それについて調べる。自分の好きなムシしか書いていないので、自分の好きなムシの魅力を伝えるにはどういう能力を表現したらいいか、自然とアイディアが湧き出てくる感じです。

 性モザイクという生態や、ボルバキアは寄生虫なんですけど、フェロモンとかもムシにそもそもある生態なので、それをキャラに合わせて作っていくという感じです。多少脚色することもあります。BL的にこうだったらいいな、というフィルターにかけて加工しているときもあるので、これが本当にあると思っていたらごめん、と思ったりもしますね。

――これから書きたいテーマがあれば教えて下さい。ツイッターに60歳を過ぎたら書きたいことについて投稿していらっしゃいました。5年後、10年後というのは割とどなたでも考えていらっしゃるのかなと思うんですけど、60歳以降に書きたいものがあるっていうのはものすごく印象的でした。

 いつか大長編を書きたいとずっと思っています。人生の締めくくりに、大長編を完結させたいという夢があります。でも長いお話を書くことは、構成力や筆力など総合的に力が要る。今の自分にはまだできないので、60歳ぐらいになったらできるようになっているのではないかという希望を持っています。そして、70歳ぐらいまでに書き終えられたらいいなと思っています。

――最後に、BLに興味はあるけど、どう入っていいのか分からない読者や、BLに抵抗がある読者に向けて、樋口さんが考えるBLの魅力を教えてください。

 自分も最初はBLに抵抗があった組でした。でもそんな自分がBLを読んでよかったなと感じたのは、生きづらいなと感じている人にとって、その答えや癒しがあるかもしれないからです。BLには葛藤を抱えている人がたくさん出てきます。だから、しんどいなという時に読んでほしいなと思いますし、もっとライトに「仕事が疲れたから萌えるものを読んで癒されよう」という感じでもいいとも思います。たくさんの人に読んでいただきたいです!