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凪良ゆうさん「流浪の月」インタビュー 理想像ではなく、生身の男性を

凪良ゆうさん=2019年11月13日、東京都新宿区、興野優平撮影

 男性同士の恋愛を描く、ボーイズラブ(BL)を10年以上書き続けている作家、凪良(なぎら)ゆうさんがその枠を飛び出したとき、そこにはどうしても世間と折り合いをつけられない個人の感情の揺れが精緻(せいち)に、抑制の効いた筆致でつづられていた。新刊『流浪の月』(東京創元社)で私たちは、日頃見えないふりをしている居心地の悪さに気づかされてしまう。

 BLは、約束事の多いジャンルとされる。登場する男性は原則、「攻め」と「受け」に分かれる。「攻め」は一途に「受け」の男性を想(おも)い続け、最後はハッピーエンドを迎える。「私は理想の男性像よりも生身の男性を書きたい。長年書くうちに、この約束事がなかったらこう書けるのにということが出てきた」

 『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)で初めて女性を主人公に小説を書いたとき、自由を感じた。「自由すぎて少し怖い感じもする」

 『流浪の月』では、家に帰れない少女が、公園で青年に出会う。二人はひょんなことから「被害者」と「加害者」とされてしまう。BLで一度書いたものの、未消化だった題材をたっぷりと書いた。「当時は完全なハッピーエンドという終着点があったから、どうしても書き込みきれなかった。今回はがつっと書きたいところを書けると思った」

 世間が二人に貼るレッテルと同情は、当事者には苦痛でしかない。「優しさや善意は時にきついものだということが、書くうちに浮き彫りになっていったのかもしれない」

 繊細な心理描写には、BLの経験が生きた。「関係性をクローズアップしないとBLにならない。心の動き、絡み合いには力を入れてきた」

 BLと一般文芸の両輪を回す。12月に出版を控えた『わたしの美しい庭』(ポプラ社)は、またトーンが違う作品。「水中の、光が届くところで書いている。『流浪の月』はぐーっと深く、全然光が差さない」

 一方、一貫しているのは、「どこまでも世間と相いれない人たち」を書いてきたこと。「自分自身、全く折り合いがついていない。いつも自分のことを書いているのかもしれないですね」(興野優平)=朝日新聞2019年11月30日掲載