店に入ると茄子か唐揚げかと問われる。ほかにもメニューはたくさんあるはずなのに、その二つ以外を頼むと怒られる。調理がはじまると、おやっさんは機嫌よく鼻歌などを歌いはじめる。
この茄子、正確には茄子と豚肉の味噌炒めが癖になる味で、だいたい週に一度は足を運んだ。あまり食に頓着しないほうだったので、ひどいときには週に三回くらいは茄子を食べた。たぶん、当時のぼくの何割かは茄子でできていた。
いまはなき有名店、早稲田にあった「珍味」という店のことだ。ぼくは何も知らずに最初チャーハンか何かを頼んで怒られ、次にレバニラか何かを頼んで怒られ、なぜかめげずに通い、ついに名物メニューの茄子にたどり着き、ウェルカムされた。
この店は漫画にも出てきたくらいなので、当時の早大生に大なり小なりインパクトを与えていただろうことが察せられる。おやっさんのキャラクターが濃いためか、友人たちの評価は必ずしも芳しくなかった。確かに、注文するなり怒られるのではたまったものではない。茄子友達はいなかった。というわけで、ぼくは一人でこの店に通い、茄子を頼み、一人飯を満喫していた。
閉店したと聞いたのはいつのことだったろうか。社会人になって店のことなどすっかり忘れていたのに、現金なもので、なくなったらなくなったで、あの味が食べたくなってくる。同じことを考えた人はやはり多かったようで、「珍味」風の茄子と豚肉の味噌炒めのレシピはいくつか見つかる。が、なかなか再現には至らない。
ぼくなりに考案したレシピは、以下のようなものだ。一応、茄子がそれほど好きではないという妻からも好評を得ている。
1.もやしを茹で、ざるに取って水で冷ます。
2.茄子は小5個を輪切りにし、油通しをする。別の鍋にごま油を熱し、おろしたにんにく小さじ山盛りを炒め、適当に切った豚バラ150グラムくらいを炒め、先程の茄子を加える。
3.赤味噌大さじ2と豆板醤小さじ1/2、酒大さじ3、鶏ガラスープの素、山椒、七味それぞれ適宜加え、調味料を作る。
4.鍋に調味料を投入して一気に炒め、味を見て塩こしょう。もやしを敷いた上に盛りつけて完成。
これはアレンジを加えているので、実際の味ではない。でも、それでいいのだ。食べられなくなったおかげで、再現しようとする謎の情熱が生まれた。そして、こうした派生レシピも生まれる。消えるからこそ、生まれるものもあるということだ。