「薬物依存からの回復支援」という特集を掲載した「都市問題」11月号は、11月1日に発売された。その15日後、麻薬取締法違反容疑で有名俳優が逮捕された。このタイミングは想定外に違いないが、違法薬物の自己使用者を「完膚なきまでたたきのめすメディアリンチ」を巻頭文(田中紀子氏)で批判し、再犯率の高い薬物事犯を依存症という観点からとらえ直す企画の意義は、より深くなった。
今年の「私の3点」に、津田大介氏と小熊英二氏の新旧論壇時評筆者が「都市問題」の特集を入れた。同誌は公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所の発行。特集は毎号二つあり、都市や自治だけでなくニュース性の高い社会問題も取り上げる。部数は2千。もっと広く知られていい。
松原隆一郎氏が選んだ森一郎氏の論考を掲載する雑誌「ひらく」も、あまり見かけない名前かもしれない。5月に創刊され、年2回刊。誌名通り内容は分野横断的で、2号では監修者の佐伯啓思氏が、建築家の隈研吾氏や物理学者の池内了氏と対談している。
薬物事犯へのメディアリンチは以前から続くものだが、他の事案でも問題を起こした人物や現象、諸外国などを公然と罵倒する風景はもはや珍しくない。断定、断言が喝采を呼ぶのだろう。反比例するように、問題の人物や現象の背景に着目し、内在的な理解を粘り強く探る議論は、はやらなくなっている。
そんな流行と異なる展開になったのが、5~6月の「『一人で死ねばいい』論争」だった。
川崎市で登校中の児童や保護者を襲った無差別殺人の容疑者に「一人で死ねばいい」という言葉が投げかけられ、論争になった。これに対し健康社会学者の河合薫氏は、無差別殺人の犯人像を調査した法務省の研究を紹介し、サンプル数は少ないが「『人間関係の希薄さ』がある一定のパターンとして認められている」と述べた。つまり孤独だ。「働いて賃金を得る」「人と共に生活する」「安定した住居がある」という基本的な生活経験に欠けることが、人の心に「ネガティブな影響」を及ぼすと読み解けるという(「『一人で死ねばいい』論争の不毛さと不条理な社会」日経ビジネス電子版、6月4日)。
この河合氏の論考と、冒頭で取り上げた特集「薬物依存~」は深く響き合う。薬物依存者も「薬物の問題以前に多くの課題を抱え」、その課題に「共通するのは『孤立』である」と自助グループ・三重ダルクの市川岳仁代表は説いた(「薬物依存とダルク」都市問題11月号)。孤立を招く課題とは「虐待・障害・排除」などで、近親者による虐待や知的・発達障害、社会からの民族的な偏見などを指す。
河合氏は、2018年1月に設置された英国の孤独担当大臣の取り組みを紹介しながら、社会の問題として孤独に向き合う必要を訴えた。市川氏は、孤立から「つながり」への「紡ぎ直し」を、自らの実践から紹介した。同じような挫折をした回復者に接触することで徐々に孤立から脱却し、「自分でなんとかしなければという生き方から、必要な手助けを求めていく生き方へと変化していく」という。
それはおそらく、自立というよりある種の依存(依存症ではなく)だろう。ここで思い出すのが今年度の大佛次郎論壇賞に決まった『居るのはつらいよ』だ。精神科デイケアの価値を擁護し、ケアの原理を依存と定義する本の刊行直後のインタビューで、筆者の東畑開人氏はこう語った。「僕らはもう一度、どのようにして人に頼れるか、人とつながって生きていけるかを試されているのだと思います」(BuzzFeed News、3月17日)。この時代の課題が、浮かび上がってくる。(編集委員・村山正司)=朝日新聞2019年12月25日掲載