屈強な絵柄で描く、女性ばかりの文芸誌編集部
——『ようこそ!アマゾネス☆ポケット編集部へ』は、架空の出版社「豪談社」の文芸誌「アウト・ポケット」の編集部を舞台にした漫画です。2018年に休刊した講談社の文芸PR誌「IN★POCKET」上で連載がスタートした作品ですが、ジェントルメン中村さんがこの作品を描くことになったきっかけを教えてください。
ジェントルメン中村(以下、中村):もともとは編集部からのリクエストでした。当時「IN★POCKET」の編集長だった講談社の斎藤梓さんから、文芸編集部を舞台に描いてほしいと言われたことがきっかけです。
斎藤梓(以下、斎藤):中村さんとのお仕事は『決戦!関ヶ原』という時代小説アンソロジーの告知用に、戦国武将のイラストをお願いしたのが最初でした。武将たちの個性が強烈に出ているイラストが印象に残っていましたね。
それから私が「IN★POCKET」の編集長になり、編集部で「漫画を掲載したい」という声が上がりました。これまでに掲載していたのは小説とエッセイ、ノンフィクションばかり。漫画の連載はチャレンジでしたが、「文芸の世界を舞台にしたお仕事ものなら大丈夫だろう」と判断して、中村さんに声をかけました。
——中村さんはこれまでプロレス業界を舞台にした『プロレスメン』、セレブを極めた男たちが贅沢を競い合う『セレベスト織田信長』など、癖のある男性たちの物語を多く描いています。その中村さんが文芸編集の現場を描くのは意外に感じました。
中村:当時は体毛が濃い屈強な中年男性が出てくる漫画ばかりを描いていたので……(笑)。でも、話を聞いて「いけるな」と思いました。僕の漫画はプロ意識が高すぎて傍目には異常に見える先輩の姿を、後輩が見て成長していくパターンが多い。編集部を舞台にしても、このパターンは使えるだろうと。
そして、あえて屈強な中年男性の絵柄のまま、編集部で働く女性たちを描いています。ギャップが大きいほどインパクトが出ますから。
斎藤:女性たちが主人公なのは、たまたまその時の編集部員が女性ばかりだったから。中村さんに女性を描いてもらうなら屈強なほうが格好良いし、それなら「アマゾネス」だな、とイメージが膨らんでいきました。作中で作っている文芸誌は「アウト・ポケット」だけど、メンバーの個性が強すぎて「アマゾネス・ポケット」と呼ばれている設定も、企画段階から決まっていたものです。
才堂厚子は「今まで出会ったすごい先輩像」を結集して生まれた
——アマゾネス・ポケット編集部の顔とも言えるのが、豪快な仕事ぶりで業界に名を轟かせる編集長・才堂厚子です。モデルとなった人物はいるのでしょうか?
中村:名前は斎藤さんですね。斎藤梓(さいとうあずさ)さんだから、才堂厚子(さいどうあつこ)。
斎藤:名前以外は何も似てないですよ(笑)。
中村:斎藤さんにはじめてお会いした時に「講談社のファッションリーダー」と紹介されたんですよ。365日いつも違う洋服を着ているんだと。だからキャラづくりの部分では、才堂もなるべく毎回違う洋服にするようにしています。
ただ、服装は女性たちを主役にするうえで一番苦労した点でもありました。とにかく、女性の髪型と服装がまったくわからない。フリルを描いて「餃子みたい」と言われたり……。才堂の肉体美が強調されて、僕でも描ける洋服を必死でググっています(笑)。最近は検索のスキルが上がってきたので、洋服を描くのも楽しいです。
——才堂は初期の頃こそシンプルなタンクトップだったけど、次第にハリウッド女優のような着こなしが増えていますね。
中村:海外の女性のファッションは、女性の美しさと筋肉が矛盾しないで同居していますよね。よく参考にしています。最近は「バイカラー」という言葉を覚えて、白黒の漫画でも描きやすいドレスを見つけやすくなりました(笑)。
——才堂の存在感がより際だって格好良いです。新人編集者の白柳紀乃子にもモデルはいますか?
中村:紀乃子に具体的なモデルはいませんが、僕がこれまでに出会った愛すべき後輩の典型的な要素を結集させていますね。一方である意味、今まで出会ってきたすごい先輩の理想像を才堂に結集させてキャラクターを作っているのかもしれません。
目の前の仕事と真摯に向き合う姿勢がドラマチック
——本作では文芸編集者をはじめ、作家、営業、印刷所、装丁家など、本にまつわる仕事のプロが登場します。こうしたキャラクターはどのように作っているのでしょう?
中村:編集部が挙げてくれるテーマや人選をもとに、その職業の方に取材をして作っています。
取材が特に生きたのは、装丁家の「坂戸公介」のエピソードです。モデルは講談社ミステリの装丁をたくさん手がけていて、この単行本の装丁も担当してくれた坂野公一さん。坂野さんに仕事をする上でのイズムを聞いたとき、「装丁家は作家の無理難題を受け止めるキャッチャー」と言っていたのをそのまま生かしました。
こうしたイズムがわかると、そのキャラクターがどう動くかがわかる。具体的なエピソードも聞きますが、その仕事ならではのイズムとは何か? を一番重視していますね。その甲斐あってか、業界関係者からも「面白い」「こういう人いるよね」と言ってもらえています。
斎藤:本に関わる仕事はクローズドな現場で、世間的には知られていない職業も多いですよね。日々編集として働いている私にとっては当たり前だけど、外から見ると面白いこともある。そうした視点を中村さんがうまくすくい上げてくれています。
——たしかに、文芸編集がテーマの作品はあまりなく、これまで語られてこなかった現場ですね。
斎藤:『重版出来!』や『編集王』といった作品がありますが、これらは漫画の世界が舞台ですしね。
ただ、そうしたクローズドな現場だからこそ、ファンタジーが通用する世界でもあります。この作品には昭和の文豪のような作家も登場しますが、今はこうした作家はほぼいません(笑)。でも、中村さんがイズムをうまく表現してくれるおかげで、実際に作家の方からも「俺の思っていることを表してくれた!」と言っていただくことがあります。
中村:編集者は豪快で面倒くさい大作家を相手に頑張るもの、というイメージがある人は多いですよね。僕としても描きやすいからつい大御所の話が増えてしまうので、自分なりに修正したり、違うタイプを考えたりしています。
——会社員との兼業作家など、色々なタイプのエピソードを読んでみたいです。中村さんは取材を重ねる中で、出版・文芸業界で働く人たちのことをどう見ていますか?
中村:当たり前ですけど、皆さん一生懸命です。出版不況といった大きな話もあるけれど、現場で働いている人たちはもっと目の前のことを一生懸命やっているんだと感じます。
もちろん、業界全体の話も大切だし、皆さん考えていると思います。でも、そうした大きなテーマを漫画にしても結論は出ません。それよりも、僕にできるのは現場で働く人が一生懸命やっている日常を描くこと。目の前の仕事に向き合う姿勢がドラマチックだし、そこにコクのある部分があると思っています。
「女性だから」の問題は描かないと決めていた
——『ようこそ!アマゾネス☆ポケット編集部へ』はギャグ漫画だけど、文芸編集に携わる人たちの情熱とこだわりが見え隠れしますよね。読者からの反響はいかがですか?
中村:おかげでとても好評です。「つまらない」という声が出てこないと広まったとは言えないと思うので、まだ好きな人しか感想をつぶやかない段階なのかもしれませんが。
編集者や出版関係、作家の人が「面白い」と言ってくれることが多いのがうれしいです。見るからに現実離れした破天荒な絵面だけど、「わかる」と言ってもらえて、励みになります。
斎藤:出版関係に限らず、「仕事を頑張ろうと思えた」という感想をよくもらいます。「アマゾネスたちが格好良い」という理由で、これまでの中村さんの作品と比べると女性ファンも増えていますね。女性に寄せた内容ではありませんが、その潔さも支持されているのかなと感じます。
中村:「女性ならではの仕事の苦労」みたいなことは描かないようにと最初から決めていました。そこには作者の女性観が色濃く反映されてしまうし、もし女性ならではの仕事術や苦労があったとしても僕にはわからない。どんな性別でも一生懸命仕事に向き合う姿勢に変わりはないわけだから、そこをきちんと描きたいと思いました。
僕の漫画はこれまで男性キャラばかりでしたが、そういう意味では女性たちが主人公でも特に苦労はしていないんですよ。それこそ、洋服に困ったくらいで(笑)。過去に『プロレスメン』などで描いてきた屈強な先輩と新米の後輩という設定も、性別は関係なく、プロとして仕事をする姿勢が重要なわけですから。
——本作や『プロレスメン』などで、中村さんが「先輩後輩モノ」を多く描くのには理由があるのでしょうか?
中村:ルーツとしては、子どもの頃最初に好きになった漫画『キン肉マン』の影響があります。キン肉マンとその弟的存在であるミートくんの関係が好きだったんです。筋骨隆々な男たちの物語で、ミートくんのようなかわいいキャラクターが狂言回しをしている。それを自分の作品にも取り入れているのだと思います。
単純に、先輩後輩のほうがストーリーを作りやすいこともあります。先輩がレベルの高すぎることをやって、後輩は読者と一緒にわけがわからず翻弄される。そして最後にオチで「うわー、そういうことか!」と種明かしをされる、そういう展開が好きなんです。
——本作もトラブルが起きて、屈強なキャラクターたちが今にも乱闘がはじまりそうな雰囲気を漂わせるけど、最後は必ず「ホッコリ」終わる……と、起承転結がはっきりしています。
中村:起承転結がはっきりしていて、良い感じに終わるのは一話完結の漫画として正統派なのかなと感じています。ただ、「ホッコリ」終わらせることにはこだわりがあって。僕はプロレスが好きで漫画も描いていましたけど、試合と同じくらいレスラーの日常が好きなんですね。試合後に控え室で話しているところとか、プライベートなエピソードとか。戦士の休息というか、屈強な人間がホッコリしているのにぐっとくるんです。
北方謙三先生の時代小説を読んでいても、合戦が終わった後にみんなで肉を食べているシーンが出てきたりすると「良いなあ」と思います。以前、『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生も「バトルの後は宴を描かないと締まらない」みたいなことをおっしゃっていました。だから『ようこそ!アマゾネス☆ポケット編集部へ』でも、最後のコマでは編集部みんなが雑談していたり、飲みに行ったりしていることが多い。その「ホッコリ」を描くのがいつも楽しいですね。
現実の文芸誌とリンクし、アマゾネスの物語は新章へ
——2019年秋に単行本が発売されましたが、現在も講談社のウェブサイトで連載が続いていますね。
斎藤:単行本以降だと、堀水さんという母親編集者(ママゾネス)を描いた回が特に反響が大きかったです。
——仕事中にこっそり子どもの宿題の丸付けをしていた堀水さんが、勢い余って作家のゲラにも花マルをつけてしまう回ですね。
斎藤:はい。子育てとの両立という、時間的な制約の中で編集者が奮闘する姿を中村さんが描いたことで、SNSで大きく拡散しました。男女関係なく、子育てしつつ仕事している人の苦労が共感を呼んだようです。
中村:SNSで話題になるかどうかは、ルビ芸が鍵を握りますね。極端な話、絵やストーリーを頑張るよりもルビ芸を頑張った方が拡散されるんじゃないかってくらいに(笑)。でも、ルビ芸が思い浮かばなくて苦しんだことは一度もない。ストーリーをどう盛り上げるためのスパイスとして、毎回楽しく考えています。
——今後のアマゾネス・ポケットはどうなっていくのでしょうか?
斎藤:「小説現代」という1年半ほど休刊していた小説誌があるのですが、今年の2月にリニューアルするんです。それにともない、この作品の連載もウェブから「小説現代」へお引っ越しします。
中村:ストーリーもそれと連動して、才堂たちが「アウト・ポケット」をリニューアルするという展開を考えています。今はリニューアルを担当している編集者に取材を重ねているのですが、いかんせんまだリニューアル号が出ていないので、結論が出ない(笑)。とにかく皆さん大変そうで、日々忙しそうにしています。でも、雑誌のリニューアルの現場もなかなか知られる機会は少ないので、アマゾネス・ポケットの世界観の中で、その仕事の魅力を描いていきたいと思っています。アマゾネスたちの新たな闘い、ぜひ楽しみにしていてください!