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「21 Lessons」書評 鬼才が説く現代社会の倫理基盤

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月15日
21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ 出版社:河出書房新社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784309227887
発売⽇: 2019/11/20
サイズ: 20cm/466p

21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 [著]ユヴァル・ノア・ハラリ

 本書は『サピエンス全史』『ホモ・デウス』で世界的な話題を呼んだイスラエルの歴史家(というより、いまや文明史家と呼ぶべきか?)ユヴァル・ノア・ハラリの近著である。認知革命を軸に人類史を巨視的に展望するかと思えば、AIによって大多数の人間が無用者階級に転落するデジタル専制への警鐘を鳴らすなど、過去と未来を大胆に読み解いてきた鬼才は現代社会をどう分析するのか。気になる一冊である。
 コンピューターのアルゴリズムが、個人のキャリアや人間関係について、本人より「優れた」判断をできるとすれば、人間性や人生の意味は変わらざるをえない。しかしながら、それが現実になりつつあるとすれば、「自律的な個人による正しい選択」という近代の「物語」もまた崩れる。ならば、これに依拠する人権、民主主義、市場の原理はどうなるのか。神やイデオロギーを「物語」として退ける著者は、あくまで「世俗主義」の立場から人間の倫理的基盤を立て直そうとする。
 雇用やコミュニティ、ナショナリズムや移民、テロ問題などを縦横に論じる本書は、意外なことに「瞑想(めいそう)」の章で締めくくられる。「そちらに行くか!」との印象を否定できないが、著者は本気である。あなたは世界の中心ではない。だから謙虚になれ。人間の道徳は長い進化の結果であり、自己を絶対化する愚を避けるべきである。道徳的になるとは、神の命令に従うことではなく、苦しみを減らすことである。そのためには苦しみについての理解を深めなければならない。
 自らの信念を真理と取りちがえるな。世界が悲惨さに満ちているなら、その解決策を考えよ。人間は思っているほど自分のことを知らない以上、自分自身をよく観察すべきだと説く著者は、ストイックな哲学者の風貌を見せる。AIや人間の認知について、先端的研究を踏まえた著者だからこその真摯な思考であろう。
    ◇
Yuval Noah Harari 1976年、イスラエル生まれ。ヘブライ大教授。英オックスフォード大で博士号取得。