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『「大東亜」を建設する』書評 侵略と融合したユートピア構想

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月29日
「大東亜」を建設する 帝国日本の技術とイデオロギー 著者:アーロン・S.モーア 出版社:人文書院 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784409520802
発売⽇: 2019/12/13
サイズ: 20cm/367p

「大東亜」を建設する 帝国日本の技術をイデオロギー [著]アーロン・S・モーア

 戦時下の大日本帝国のふるまいは、「一億玉砕」というスローガンに象徴されるような、究極の非合理性に満ちたものとして描かれがちである。しかし、単に非合理的であったのではなく、アジア全域にわたって「総合技術」を行き渡らせ、合理的で近代的な「新秩序」を打ち立てようとする動きが、その裏側にぴったりと張り付いていた。技術に基づくユートピアの構想は、侵略や搾取という帝国主義的ナショナリズムと融合していたのである。
 その主な担い手は、当時の「革新」官僚、技術者、知識人であった。そして彼らの「技術的想像力」の主なキャンバスとなったのは、1930年代から敗戦までの時期の朝鮮・台湾・満州国・中国であった。
 著者は、彼らが考えた「総合技術」とは何か、そして治水・道路建設・都市計画などから成るその壮大な青写真が、現地においていかなる抵抗にあい修正や失敗にいたったかを、史料に基づき緻密に描き出す。
 何とか完遂された事例は豊満ダムと水豊ダムだが、それらは現地の降水量や流水量に関する不確かなデータ、外国から輸入した建設機械、多数の死者を生み出した現地労働者の酷使などに基づくものだった。
 身震いがするのは、「総合技術」のイデオロギーが、戦後復興、高度成長、国土計画、さらにはODAによる途上国開発などの形で脈々と生き延びていることである。植民地期朝鮮で利益を得ていた日本窒素肥料株式会社は水俣病を引き起こす。日本中に造られたダムは地域の窮乏化と環境破壊を生み出し、洪水の調整には役立たなかった。
 著者は米国人の父と韓国人の母をもち日本で生まれた科学技術史の研究者であり、本書の日本語訳の最終段階で病気のため早世した。解説には交流の深かった訳者らの悲嘆が記されている。「この書物自体がバトンである」。広がりの大きい本研究が引き継がれてゆくことを願う。
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Aaron Stephen Moore 1972年生まれ。アリゾナ州立大准教授(近現代日本史、科学技術史)。昨年9月に急逝。