以前読んだ本を読み返したら、印象がちがってびっくりしたことはないだろうか。最初は、恋愛中の2人の心情に共感したのに、数年後に読んだら、フラれた脇役に感情移入したとか。体制批判の本だと記憶していたのに、2度目は情報管理社会に対する警鐘として読んだとか。本は、読んだ時や場所、社会情勢、自分の気持ちなどによって、さまざまに顔を変える。ましてや、子ども時代の愛読書を大人になって読み返すと、発見がたくさんある。
子どもの頃、食べ物の描写の出てくる本が好きだった。中でも繰り返し読んだのが『大きな森の小さな家』。「インガルス一家の物語」の1作目で、ドラマにもなった『大草原の小さな家』はその3作目にあたる。アメリカの開拓時代の生活を描いた作者の自伝的小説だ。森を開墾し、小さな家を建て、厳しいながらも幸せな日々を送る一家5人の物語に魅了された。
5歳のローラの目から描かれる暮らしは、驚きに満ちている。「上等なヒッコリイのけむり」でいぶされた鹿肉。糖蜜と砂糖を煮詰めたシロップを雪に垂らせば、たちまち固まって甘いあめになる。カエデの幹にといを差して採る樹液は、かえで糖(メイプルシュガー)に。中でも、子どもの私が憧れを募らせたのが、豚の尻尾。あぶると、「あぶらが炭の上にポタポタ落ちて」という描写のおいしそうなこと! ローラはいつも待ちきれずに食べ、舌をやけどしてしまう。いったいどんな味なんだろう……。
大人になった今は、ローラたちの生活は危険や死と隣り合わせであり、夢中になった生活の細部の描写も、厳しい自然の中で生き抜くために不可欠な労働だったとわかる。
もっと重い問いもある。西部開拓は先住民迫害と表裏一体だったこと。また、改めて気づいたのは、銃の記述がたびたび出てくること。アメリカという国を市井の目から見る貴重な資料でもあるのだ。
ちなみに、大人になってもう一つわかったこと。とあるレストランで食べた豚の尻尾は固かった。豚の尻尾は炭焼きがいいらしい。(翻訳家)
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恩地三保子訳。福音館文庫・660円。単行本は1972年刊行、2002年文庫化。著者は1867年、米ウィスコンシン州生まれ。原書は1932年に出版。幼いころの思い出をもとに書き続けた。1957年没。=朝日新聞2025年5月3日掲載
