受賞は占いで予言されていた⁉
東京・築地の朝日新聞東京本社読者ホールで開かれた公開収録は、一穂ミチさんがSNSで呼びかけてくださったこともあり、満員のお客様。温かい拍手の中、おなじみのマスク姿の一穂さんが登場されました。ここからは、鼎談を再構成してお届けします。
山崎怜奈さん(以下、山﨑):今回、『ツミデミック』(光文社)で第171回直木賞を受賞されて、環境や心境の変化はありましたか。
一穂ミチさん(以下、一穂):さすがに受賞から3か月経つと、編集者からもちやほやされなくなって通常運転ですね。
今村翔吾(以下、今村):取った直後が忙しいですよね。取材だ何だって。体調は大丈夫ですか。
一穂:気が張っているので。みなさん、「お身体だけは気をつけて」と言ってくださるんですけど、締め切りは延ばしてくれないんです(笑)。
今村:直木賞受賞のあと、最初に食べたご飯は?
一穂:有楽町の居酒屋で焼き鳥を食べました。
今村:僕は「すき家」でした。これが差です。
一穂:ちょっと待って! でもこの人、(会見場所の)帝国ホテルまで人力車で行ってますからね!
今村:でもあれ、じつは自腹なんですよ。
山崎:今村先生、経営者だから……。
一穂:そう、経費で落としてるんでしょ?
今村:経費で落としてるか否かで言うと、落としてます(笑)。
山崎:私たちの会ってみての印象はいかがですか。
一穂:すごくかわいいお嬢さんと地面師みたいなおじさんだなあって。
今村:(笑)。地面師みたいって俺よう言われるんよ。そやねん。あやしい出版事情の話、持ってくんねん。
一穂:(ネットフリックスのドラマ「地面師たち」に登場するハリソン山中にかけて)ハリソンですよね。ハリソン今村。
(一同爆笑)
山崎:今回、3度目のノミネートでの受賞となりましたが、その過程で感じたことは。
一穂:結局はめぐり合わせだなって。あの時取れなくて悔しい思いをしたのがよかった、とも思いましたが、それも今回いただけたからこその結果論なのかな。ただ、今回は「しいたけ占い」で「今年の7月は人生のステージが1段上がる」みたいなことを言われていたんです。だからちょっと期待はしていました。結果によっては(占い師の)しいたけ.さんのアンチになる可能性もあった(笑)。
山崎:「しいたけ占い」見てるんですね。
一穂:毎週見てます。
今村:僕も3回目のノミネートで直木賞を受賞したのですが、1回目のノミネートの電話が一番うれしかったな。2回目以降だと、「あるかな?」っていう変な欲目が出てきてしまって。
一穂:わかります、わかります。連絡がくる時期わかっていますもんね。
今村:電話の時期だけじゃなく、時間帯までね。
コロナ禍を描いた記念碑的作品になった『ツミデミック』
山崎:見事受賞となったのが『ツミデミック』という犯罪小説集。パンデミックと犯罪をかけ合わせた、6作からなる短編集なんですが、どうしてこの題材で書こうと思ったんですか?
一穂:ご依頼いただいたのが、2021年でパンデミック真っ最中だったんです。どうしても当時は頭の中がそのこと一色だったので、書くものもひもづけられて。3作、コロナ禍を背景に書いた段階で、もうこれはコロナ縛りで1冊作ろうと決めました。
山崎:パンデミックで職を失った人物が出てきたり、高校生が妊娠した話が出てきたり、身近な話が多かったですね。着想はどこから?
一穂:日々、新聞やニュースからヒントをいただいています。当時は新聞もコロナの記事しか載っていないような時期でした。
今村:意外とコロナ禍を題材にした小説で文学賞を取ったものは少ない。しかも『ツミデミック』は直木賞という文学史に残る賞を取ったわけで。こういう時代があったんや、という記念碑的な作品になったと思います。
山崎:たしかにどの話もパンデミックがなかったら生まれなかった物語ですよね。あの時、いろんなことが様変わりして、しかもそれがみんなの身の上に平等に起きた。それが反映されている作品になっていると感じました。当時、ご自身もコロナ禍にいたわけで、書いていてしんどくなかったですか?
一穂:しんどいからこそ、ちょっとでも元をとらなきゃ、と。私にとって書くことって、自分のための記録という側面があるんです。直接自分のことを小説に書くわけではないですが、秘密の日記みたいに読み返したときに「これを書いていた時、自分はこうだったな」と思い出せるような。
山崎:今村先生はいかがですか。
今村:僕は、歴史小説家なりのコロナとの付き合い方というか、誤解を与えたら困るけど、歴史上これぐらいのことはようあったよな、って初めの頃は思っちゃったね。天然痘とかペストとか、歴史と照らし合わせて、「となると、こうなって、こうなって、こうなるかな。終息は3年後ぐらいかな」っていう。
黒と白では分けられないものを書きたい
今村:一穂さんは本屋大賞にも2回ノミネート(『スモールワールズ』、『光のとこにいてね』)していて、僕文学賞マニアやから思うけど、本屋大賞って取るのムズいのよ。本屋大賞に選ばれる作品って、すそ野が広くて多くの人に読まれていて、なおかつ文学性もあって、書店員の方に刺さる突破力が必要。だから、何を一穂さんが考えて小説を書いているのか、気になります。プロットは書きます?
一穂:私、書けないんですよね。
今村:ノープロッターでよかった。プロット書きましょうって言われたら、ごめんなさいってなるとこやった(笑)。
山崎:じゃあどこにたどり着くのか決めずに書くんですか? 書き始めて船を漕いで漕いで、あー全然どこにもたどり着けない、ボツ!ってことないんですか?
一穂:その恐怖が常にあって。水面に浮いている石を渡っていくみたいな感じなんです。踏み出してみないと、次の一歩があるかどうかわからない。だからとりあえず書くしかない。
今村:ノープロッターはそうなります。僕も森の中に迷っていく感じはあります。
山崎:この番組に登場したプロット書かない組の人たちは、頭の中で人物が勝手に動いていくってよく言うんです。
一穂:その感覚はあります。頭の中の人物が、最初なんとなくこうかなって思ってたことと違うことをやったり言ったりし始めた時はほっとします。転がり出したな、と。逆にお聞きしたいんですけど、歴史小説って絶対揺るがない史実があるわけじゃないですか。その中でどうフィクションと折り合いをつけているんですか。
今村:動かせない点と点は確実にマークしておいて、その間にどういう線で点を結ぶかは自由なわけです。めっちゃ遠回りすることもできるし、曲線だって書ける。僕はその点と点の間の自由な空間が広めの人間なのかな。答えになっているでしょうか?
一穂:ありがとう、ハリソン! 今日新幹線の中で『五葉のまつり』(新潮社)を読みながら来ましたよ。(注:『五葉のまつり』は今村翔吾さん作、石田三成ら五奉行の活躍を描く歴史巨編)
私、ぶっちゃけ歴史小説ってほとんど読まないんですよ。でもめちゃめちゃ面白くて。奉行さんたちの日本をよくしたいっていう誠実な志。民に笑って暮らしてほしい、という思い。衆院選を経た今読むとめっちゃ沁みました。
今村:ありがとうございます。昔の官僚は本当にこういう志でやってきたんです。
山崎:次回の構想はありますか。
一穂:ずっと共通してあるのは、グレーなもの、こぼれ落ちてしまうものを書いていきたい。真っ白でも真っ黒でもなくて、生きていくうえで社会のシステムの中で切り分けなきゃいけないものがあるじゃないですか。でも生身の人間はそうではないから、そこからはみ出すもののことを書きたい。これは常にある思いです。
前半の収録を終え、「一穂さんがどんどん関西弁になってくれているのがうれしい」と京都出身の今村さん。大阪出身の一穂さんが「でも、ハリソンは北の方の関西弁ですよね」とツッコミ。山崎さんが「東京下町出身の私の顔に免じて許して下さい」と和睦を図ると、今村さんが「東京と闘う時は、僕ら関西勢は手を結びますよ」とまさかの寝返り。すっかり打ち解けた3人なのでした。
後半は、番組のコーナー「私を構成する1冊」について語ります。
一穂ミチさんの「私を構成する1冊」
山崎:ここからは、「私を構成する1冊」というコーナーにお付き合いいただきます。このコーナーは、自分自身を示す大切な本の中から1冊ピックアップして紹介していただくというもの。一穂さんが選ばれたのは『火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』(ハヤカワ文庫)です。
一穂:著者のオリバー・サックスさんは映画「レナードの朝」の原作も書かれている有名な脳神経科医で、彼が出会ったいろんな患者さんについて書かれた本です。症例集にはとどまらず、彼らがどういう世界を見ているのかを、寄り添って理解しようとされている。医師として以上に、人としての温かなまなざしを感じる1冊です。
このタイトルになっているのは、ある自閉症の女性の言葉なんですね。彼女は非常に高い知性を持っているんですけれども、人間の入り組んだ感情はなかなかわからない。だから、他者と色々な軋轢が生じる。彼女はその孤独を「自分が火星から来た人類学者だと感じることがあります」と表現するんです。ただ、そんな彼女にも寂しさから誰かに抱きしめてもらいたいと感じる時があるのですが、おそらく感覚過敏があって、生身の人間に抱きしめられたら恐怖を感じてしまうんです。
だから彼女は、V字に置いたマットレスの間にうずくまり、スイッチを押すとマットレスが自分を挟んでくれる、という、抱っこされている感覚を味わえる機械を自作するんです。そういう人間存在の不思議さが描かれた作品です。
「火星の人類学者」という言葉は、自分が人に傷つけられたり、人を傷つけてしまったりした時に思い出す言葉。私は、陰キャなので、嫌だったけど言えなかったことをずっと覚えていたり、考え込んだりすることが多いんです。
今村:僕は陽キャと思われているけど、実は違って。小学生までは家でパズルとかしているような子やった。今の陽キャは自分を枠に流し込んで作った感じ。とくに作家になってからのこのキャラは、30歳までの人生がしんどすぎたんで、残りの人生はもう最強に好きなことやったれってはっちゃけた結果なんです。
だから、僕も「言えなかった」とか自分を抑える気持ち、わかりますよ。あと、恥の概念が強烈で、だからこそ武士道に惹かれたのかなっていうのは思います。
山崎:登場人物の名前はどうやってつけていますか? 印象的な名前が多いなと感じたのですが。
一穂:名前をつけるのは苦手なんです。知らないうちに、ヒビキの友達にイブキって名前をつけてたりして、音がかぶってるやんって直したりします。
今村:歴史小説でもそれあります。シリーズものだと引き返せないから、名前が近いことを逆手に取ってなんかエピソードを入れることも。
一穂:今村さんの場合、史実もあるから大変ですね。『五葉のまつり』にも増田長盛と浅野長政が出てきますよね。
今村:しかも、黒田長政も出てくるねん。
山崎:歴史ものは、近い名前がいっぱいありそうですよね。縁起のいい漢字とか。
今村:だから通称とかあだ名とか、いろんな角度から名前の印象をつけていく工夫はします。
一穂:私の場合は、雑誌や新聞の署名記事から使わせてもらうこともあります。でもめっちゃいいやん!って思って使ったら、ある地方にしかいない特殊な苗字で、そこに言及しないとおかしくない?って墓穴を掘ることも。
今村:そういう時は僕は浪人ってことにして、出身地をわからんようにします。
山崎:名前から物語が生まれることもあるんですね。さて、楽しい時間もあっという間で、もうエンディングのお時間なのですが、一穂さん、楽しんでいただけましたか?
一穂:もちろんです。ただ、時々山崎さんがすっごい冷たい目で今村さんを見ていて……(笑)。大丈夫ですか?
今村:大丈夫ですよ(笑)。可愛げもあって、ピンチな時は目で助けを求める時もあるから。こういう奴なんですよ~!
(山崎さん、今村さんをわざとにらむ)
一穂:あ、ほら、この目……。
(一同爆笑)
一穂さん、今村さんの関西弁での軽妙なやりとりと、間に差し挟まれる山崎さんの冷静な進行で終始笑いにあふれた公開収録となりました。また、当日はQuizKnockの河村拓哉さんがゲストの回の公開収録も行われ、クイズ大会を実施。こちらも大盛り上がりでした。
このほかに、一穂さんの最新刊『恋とか愛とかやさしさなら』(小学館)についてや、一穂さんと今村さんが同じ浅田次郎さんのサイン会に行っていたことなど、ここでは書ききれなかったお話もいっぱい。実際の放送もぜひチェックしてみてください!
【番組情報】
ABCラジオ「今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて」
毎週木曜深夜0時~0時30分。radikoにて、放送後1週間聴取可能。また、放送1週間後からApple PodcastやSpotifyなどポッドキャストでも配信中。