(1)リディア・デイヴィス著『ほとんど記憶のない女』(岸本佐知子訳、白水社、2005年刊) 短編に対する思い込みが覆された。どれも違う人が書いたかのようでも、彼女の作品らしくもある。女である自分と作家の自分との折り合いのつかなさなど、共感できる物語を淡々と描く。とにかく衝撃的だった。
(2)ジュディス・バトラー著『ジェンダー・トラブル』(竹村和子訳、青土社、1999年刊) 性別は二つではない、という21世紀的なジェンダーの新しいあり方に多大な影響を与えた本。
(3)レベッカ・ブラウン著『若かった日々』(柴田元幸訳、マガジンハウス、2004年刊) 個人的でありながら普遍的な、美しい物語。家族の問題や喜び、思春期の自我などについて、内側からの視線で率直に描く。読み終わるのが淋(さび)しいと思う本。
(4)須賀敦子著『ミラノ 霧の風景』(白水社、1990年刊) 美しく、静謐(せいひつ)な文体。長く暮らしたイタリアで出会った風景、文化そして人々のことが、書き手の声が聞こえてきそうな筆致で描かれ、感情を抑えた表現がかえって読み手の心を揺さぶる。高度なテクニックを兼ね備えた文章。
(5)ジュンパ・ラヒリ著『その名にちなんで』(小川高義訳、新潮クレスト・ブックス、2004年刊) 私自身、アメリカで暮らした経験があるためか、移民一世の大変さや二世とのわかり合えなさと共に、家族の愛情に素直になれないジレンマが描かれるこの物語に魅了された。=朝日新聞2020年3月4日掲載