(1)佐藤多佳子著『一瞬の風になれ』(全3巻、講談社、2006年刊) 高校陸上部のド直球青春スポ根。深くのめり込み、泣かされ、読み終えてすぐ再読に突入した。ここ十数年に出た新刊のなかではもっとも印象に残っている。
(2)飯嶋和一著『始祖鳥記』(小学館、00年刊) 江戸時代にハンググライダーで空を飛んでいた表具師(実在!)の人生を描く小説。塩の専売や樽廻船(たるかいせん)、スターナビゲーションなど、江戸の文化を読み応えのある物語にしていた。
(3)ダニエル・L・エヴェレット著『ピダハン』(屋代通子訳、みすず書房、12年刊) 布教のため伝道師がアマゾンの奥に入り込み、密林の民と触れ合うが、自分の信仰が揺らいでいく。現代文明にほとんど触れていない人類がどのような世界観をもつのか。文明側の人々が信じている幸福感が絶対ではないと証拠とともに示し、人生と登山を深く考え直させられた一冊。
(4)マーセル・セロー著『極北』(村上春樹訳、中央公論新社、12年刊) 人類が今後直面するであろうディストピアを、タフでハードながら人間のヤワな部分も含めて描く小説。細部の描写が全体の説得力を強固にしていて、気持ちがいい。こんな物語をいつか書いてみたい。
(5)森博嗣著『ヴォイド・シェイパ』(中央公論新社、11年刊) 斬り合いのシーンを文字で表現する技巧と、剣豪という極端な生き方を主人公の世界観から描き出す技に唸(うな)らされた。平成の文字表現では読み返すことがもっとも多かった作品。=朝日新聞2020年1月29日掲載