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「古代スラヴ語の世界史」書評 聖書を伝える文章語がはじまり

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2020年03月07日
古代スラヴ語の世界史 著者:服部 文昭 出版社:白水社 ジャンル:言語・語学・辞典

ISBN: 9784560088647
発売⽇: 2020/01/22
サイズ: 19cm/208,8p

古代スラヴ語の世界史 [著]服部文昭

 「初めに言があった」。ヨハネによる福音書の書き出しだ。言葉は文化でもある。本書は古代スラヴ語から読み解く東ヨーロッパの歴史である。私たちにはなじみの薄いスラヴ人の世界がよくわかる好著だ。
 古代スラヴ語とは9世紀後半から11世紀末にかけて当時のスラヴ人が文章語として聖書の翻訳や宗教的活動に用いた言葉だったという。現在のチェコ東部に建国されたモラヴィア国の君主が862年、東フランク王国の干渉を排除しようと、東方のビザンツ皇帝にキリスト教主教の派遣を請うた。そして派遣されたギリシア人兄弟の弟コンスタンティノスが、それまで文字がなかったスラヴ語の文字体系グラゴール文字を考案したのが始まりだった。
 兄弟の死後、モラヴィアではローマ教皇によってスラヴ語典礼が禁止され兄弟の事業は瓦解するが、その頃即位したブルガリアのボリス汗(在位852~889年)が兄弟の弟子たちを引き取り、古代スラヴ語はブルガリアで定着する。そして、9世紀末に新たなアルファベットであるより書きやすいキリル文字が出現したのである。
 さらに989年、キエフ・ルーシのヴラジーミル公が洗礼を受け、キリスト教国となり、1018年にブルガリアがビザンツに滅ぼされると多数のブルガリア人聖職者がキエフに亡命した。そして古代ロシア文語が生まれ、古代スラヴ語は吸収されていったという。
 スラヴ人の原郷はベラルーシとウクライナの国境辺りだと考えられている。彼らは6世紀にアヴァール人に征服されたが、アヴァール人が彼らを引き連れてバルカン半島やパンノニア(ハンガリー)、モラヴィア方面に侵入していった。その結果、スラヴ諸語は現在、ロシア語などの東群、チェコ語やポーランド語などの西群、ブルガリア語などの南群と三つの大きなグループに分けられる。言語でこれだけのことがわかるとは。歴史は実に面白い。
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はっとり・ふみあき 1954年生まれ。京都大教授(スラヴ諸語の研究)。『マルチ言語宣言』などに執筆。