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青山ゆみこさん、神戸・灘の「古本屋ワールドエンズ・ガーデン」に連れてって

写真・文:平野愛

JR灘駅前。青山ゆみこさん、こんにちは!

 午前11時。JR灘駅で青山さんを待っていると、晴れながらミゾレが降り、晴れながら雪が降り、晴れながら最後には雨が降るという空模様。なんだろうなぁこの感じ、と思っていたら、今度はみるみるうちに晴れだけになってきた。

 青空を背景に、青山ゆみこさんが到着。神戸生まれ神戸育ちのフリーランスライター・編集者。2015年、終末期の方々の食と暮らしを丁寧な取材で浮かび上がらせた『人生最後のご馳走 淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食』を発表され、その明るく穏やかなルポは大きな話題に。

 続く2019年11月、ご自身が直面してきた出来事を周囲が驚くほどの直球でまとめた新著『ほんのちょっと当事者』をミシマ社から刊行。こちらは発売1週間たらずで重版に。多数のメディアからの取材も目にしていたので、おずおずとこの企画のお願いを送ったところ、「元町の1003さんと同じくらい、私にとって大切な本屋さんであるワールドエンズ・ガーデンとその周辺にお連れしますよ!」と、快諾いただき飛び上がった。

「プリンセスソース」から「水道筋商店街」へ

 かつては情報誌「Meets Regional」で副編集長を務められた青山さん。本屋さんまでの立ち寄りスポット案が事前にガシガシと送られてきて感動したことに触れると、「これ、本屋さんにたどり着けます?」と笑いながらも、まずは絶対オススメという「プリンセスソース」から連れてってもらうことに。

 青山さん「ここ、ここ」と連れてくださったのは、なんと目的の本屋さんであるワールドエンズ・ガーデンのお向かい。(本屋さんはまだ開店前)

 青山さん「お昼の11:00〜13:00までの間だけ小売してくれるソース屋さんで、この工場で作ったものが並ぶから、産地からノンストップ(笑)。最寄りの王子公園にちなんで、〈プリンス〉と名付けるはずが、すでに商標登録されていたため〈プリンセス〉になったんですって。面白いよねぇ。どのソースがいい?」

 と言いながらも、「トンカツソース1ℓと、ウスターソース1ℓお願いします」と、オススメを選んでくださった。わぁ! 嬉しい。本とカメラに加えて、ソース2本を担いでの街巡りが始まった。(お、重い…!? 笑)

 水道筋商店街へ向かう道すがら、「神戸ゲストハウス萬家」を覗きつつ、「神戸市立王子動物園」の近くだったこともあり、日本のパンダ事情について色々と教えていただく。パンダ濃度の低い私ではあるが、この時はパンダの抱えるさまざまな事情に思いを馳せた。

 商店街が見えてきたとき、また雨が降って来た。

 青山さん「ここは普段からわざわざ自転車で来るくらい好きな商店街なんですよ。この洋服の仕立て屋さんでは一度音楽ライブをさせてもらったことも。近くの灘温泉に入って、串カツ屋さんでひっかけて帰る!みたいな流れが、阪神間の住人には人気らしいですよ。いいですよねぇ。大人の行楽って感じで。(笑)」

 青山さん「ここは畑原市場といって、100年くらい続いた市場だったんですけど、再整備に向けて、閉められることになったんですって。それで〈畑原市場大感謝会〉と銘打って、地域の人たちが集まって写真とか言葉にして気持ちを出し合っておられるの。とてもいい企画ですよね」

 そう話していると、デザイナーの慈(うつみ)憲一さんにばったり。慈さんは、西灘文化会館のオーナーでもあり、さっきの畑原市場大感謝会を企画したその人でもある。灘への愛をテーマにフリーペーパー「naddism」やメールマガジン「naddist」で執筆を続けてこられ、近々一冊の本にまとめて出版されるとのことだった。青山さんとはしばし、執筆談義。

 商店街の「しろかね珈琲店」で大きなエビフライ食べて、さあ、いよいよ、本屋さんへ。長くて贅沢な寄り道だった。

 アーケードを抜けた空は、また晴れてきた。

古本屋ワールドエンズ・ガーデンに到着

 白いタイル貼りと丸いカッティングの窓が特徴の外観。無事に辿り着けたことに安堵しながら、店内へ。

 店主の小沢悠介さん。2012年に“世界の中心ではなく、片隅で”をコンセプトに開業。中心部から少し外れた灘にお店と住まいを定めて今に至る。

 青山さん「灘には大きなノンフィクション賞を受賞した『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』を書かれた松本創さん、『トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉』を出された西岡研介さんをはじめ、『脱・筋トレ思考』を上梓した元ラグビー日本代表の平尾剛さんもそうなんですが、不思議と個性的な書き手や編集者が集まっていて。そんな人たちが愛情を込めて“関西一覇気のない店主”と言いながら、小沢さんと一緒にイベントをしたり本を売り買いしたりして、応援しているのがとってもいいな、面白いなって思ってるんです。灘で店を開くだけでも、相当変わってるし、ええ人やなと思います(笑)」

 小沢さん「松本創さんとは、ご自宅に本の買取りに行ったのが出会いのきっかけなんですよ。皆さんにはとても助けられています」

 青山さんもまた、自身の本棚から売りたい本を持ち込み、そのお金でまた別の本を買って帰るなんてことが多いのだそう。ライターさんの本棚からやって来た本が、こうしてどこかに並んでいるのかと思うと、ワクワクする。

 店内には、ダイニングテーブルに、ソファ、ベットまで置かれていて、一軒家に入り込んだような気持ちで回遊する。テーブルの上は新刊本が並び、その横では関西の作家を中心にセレクトされたリトルプレスやZINEなどがたっぷりと置かれていた。小沢さんに、今おすすめの一冊をお聞きしてみた。

 小沢さん「すごい本だなと驚いたのが、この本ですね。民話採訪者の小野和子さんの新刊『あいたくて ききたくて 旅にでる』です。宮城県を中心にした東北の地で、民話を探し訪ね歩くことを、50年もされてる方なんです。人が語る言葉を一つ一つ大切にされていて、民話になるタネのようなザラつき感とか、言葉にならなかったものが物語へと立ち上がっていく様を見るようで、感動しました。どこでどんな人にどんな風に出会ったかも書かれていることで、肉声を聞いているような感覚にもなるんです」

 白くとてもずっしりとした本。カバーを外すと、写真家・志賀理江子さんの深い色味の森と石だろうか、骨だろうか、生きているのか、死んでいるのか、目が離せなくなる写真が見えた。並並ならぬ熱量を感じ、帰ったらじっくりと読み進めてみたいと思った一冊だった。

 小沢さん「もう一冊いいですか。こちらは30年くらい前の古本なんですが、ちょっと面白いなと思って。『これで万全!仲人・媒酌人のスピーチ』というタイトルの通り、事例集ですね。例えば、“特殊なケース 新郎が再婚の場合”なんて書いてあるんですが、今となってはどうなんでしょう、そんなに特殊でもなかったりしませんか。その時代性が見えて来ますし、読む視点さえ少し変えてやれば、結構楽しめるんですよ。別の価値が立ち上がってくるというか。まぁ、3〜4年前に入って来て売れてない本なんですけどね。僕は好きですねぇ(笑)」

 その事例テキストに青山さんと笑いながら、なるほどと納得した。古本との新しい付き合い方を垣間見たような。本も嬉しそう。

●『ほんのちょっと当事者』

 青山さんの新作について、レジカウンターの前で小沢さんを交えてお聞きした。

 この本ではご両親への葛藤の日々から看取り、カードローン地獄、性暴力、裁判傍聴など、あっちからこっちから痛みが降ってくる。ちょっとどころではない重い題材なのに、軽やかなタッチで描かれているおかげか、読後は絶妙に明るい。なんだか、今日のこのお天気の変わり具合と混じり具合が、まさにこの本のようだな、と思った。

 小沢さん「タイトルから、すごく良くできているなと思いましたね。読んだ側もちょっと当事者になるという作りになっているんです。さらに、青山さん自身も、外のことを当事者として引き受ける部分もありつつ、自身のことは書くという行為によって客観視するというか、“ちょっとだけの”当事者にダウンサイズしておられるのではと思いました」

 青山さん「まさに、その通りですね。ルポルタージュ(取材をしたもの=非当事者性)とエッセイ(取材をしないで自分の身辺を描くもの=当事者性)を半分ずつまたがっているような感覚で、行き来していました。あと、やっぱり“たわいもないこと”なんですよね。私にとってはたわいあることなんですけれど、それによってトラウマになったり精神を病むというようなことがないくらいだから書けたんでしょうね。唯一恥ずかしかったのは“おねしょ”の話ですかね。みんなにとってはどうでもいい、大したことではないかもしれないけど、私にとってはとても恥ずかしいことだったんです。でも、書いてしまった今では恥ずかしいことではなくなった。小沢さんがおっしゃってくださった通り、まさに“ちょっとだけの”当事者になれたんでしょうね」

 なるほど、そうして書き出されたものに、細川貂々さんによる表紙のイラストや挿画によっても、新たな客観性が加えられていったのではないだろうか。このイラストの青山さんもまた、絶妙なバランスで立っておられるように感じた。

そう感じ入っている矢先。窓の外に目をやると。
ヒョウが降ってきた! 大変!

 外に陳列している本を守るように走る小沢さん。一緒にお店を飛び出す青山さん。あぁ、最初に言っておられた灘住民たちが応援する気持ちがわかるような気がするなぁ。と一緒にダンボールを運びながら、この光景を焼き付けていたのだった。

 なんとか本は無事だった。ほっと一息。さてと、そろそろお暇の時間だなと、再び窓際に目をやると…。えー!光差してるー!

 そう叫ぶ私に、お腹を抱えて笑う青山さん。「忌々しいお天気ですね」と呟く小沢さん。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。