JR南田辺駅前で待ち合わせ
新しい生活様式に翻弄されているうちに、気づけば初夏。久しぶりに移動できた開放感と、本屋さんに行ける喜びとで浮き足立ってしまう。
今回、「“粛々と”本屋に連れてって」とお願いしたのはローカルカルチャー・マガジン「IN/SECTS」編集長の松村貴樹さん。2009年の創刊時から「ローカル」にこだわって約10年。毎回違ったアプローチの編集に、次は何が出てくるのだろうと追いかけている雑誌の一つだ。
さらに松村さんはここ数年、関西の生産者・アーティスト・作家、そして東アジアの出版社や書店をつなげていく大きなマーケットイベント「KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET」(今年はオンラインで10月に開催予定)の主催者としても活躍されている。すごい馬力。
そんな松村さんに、本屋さんとしての佇まいがずっと気になっていた東住吉の「LVDB BOOKS」に連れてってとお願いしたのが、6月の緊急事態宣言が解除されてしばらくしてのことだった。
最寄り駅となるJR南田辺駅改札口前で待ち構えていると、背後から松村さんの声。「降りる駅間違えてしもて、歩いてきました(笑)」とのこと。しかも、半袖半ズボン、ランニングシューズといういでたち。「今年3月に事務所を引っ越してからは、通勤の行き帰り走ってまして、今日もその格好なんです」と。しかし、その手に持つ手提げカバンはそれに似合わずズッシリと重たそう。何が入っているんだろう?
“最先端”スポットへ寄り道
早速出発。事前にLVDB BOOKSの店主・上林翼さんから「駅近くにある“花まる弁当”は最先端。人手不足の時は手伝いにいくほどです」と聞いていて、とにかく寄ってみたくて、まずは、ちょっと遠回りして。
駅から離れて北向きに歩いて10分弱。「花まる弁当」に到着。軒先のスチールラックにビッシリと陳列されているのがどうやらお弁当!
松村さんも、私も、同時に「んんん?!」と引き込まれたのは、段ボール上にマジックで丁寧にレタリングされた文字。これはかっこいいぞと話していると、ちょうど、その書き手であるというスタッフの竹内さんが出てきてくださった。もともとグラフィックデザインをやっていたそうで、文字に対するこだわりが溢れ出ている。メニューのコンセプトは「エキゾチック」。ルーローハンに、バターチキンカレー、タンドリーチキンライスに韓国のり弁当、ガパオライスまで! お弁当屋さんにしてこの多様性、確かに最先端かも。いくつか単品料理を買って行く。
お店を出て、そこからの道は成り行き。私はメモと傘とフィルムカメラで両手がいっぱい。松村さんはと言えば、地図を一切見ないスタイル。勘と雰囲気で本屋さん方向に歩いて行く。東住吉は一軒家と路地が多い街。いろんな行き止まりに会ってしまう。
自粛期間中に考えてたことって、どんなこと? と素朴なことを聞いてみた。
松村さん「ちょうどIN/SECTSの大阪観光号の校了くらいに、緊急事態宣言だったんだけど。料理家の土井善晴さんにインタビューしたことで、大阪のいいところについてもう一度見直せたのは自分としてはとても大きなことだった。お金についても考えたかな。例えばだけど、値段を下げてたくさんの人にというんじゃなくて、値段を上げてでも質の高いことをしましょって。これから先、そっちの方に舵を切った方がいいなと思った。それでダメだったら、しゃーないかなぁって」
人を何千人も集めてマーケットを開催してきた松村さんだからこそ、この先の開催方法をどうするか、どうやって人と人を繋げていくのかを、雑誌や本作りのあり方も含めて、考え続けているようだった。きっとまた松村さんならではの道が、開けて行くのだろうな。
そうして話したり、あちこち寄り道しながら30分ほど歩いていると、商店街が見えてきた。しかも、松村さんが立ち寄りたかったという「ピンポン食堂」があるという。勘だけで辿り着ける嗅覚がさすが。
「ピンポン食堂」は、店主のじーまさんが一人で切り盛りする無添加・自然食をコンセプトにしたお店。長らく営業していた大阪・谷町8丁目でのお店を閉じ、出産・育児を経て、この春、この地で再開したばかり。DIYで店作りを進める途中で、取材時はお菓子の販売のみ。ショーケースには、季節のフルーツや野菜、ナッツなどがずっしり入ったカップケーキが並ぶ。
松村さんはv.mm sewingさんのリネンミトンを見つけて、すぐに購入。いいミトンがあったら集めているそう。松村さんは料理もする。「ピンポン食堂までたどり着けたので、目指す本屋さんはたぶんもうすぐですよ」と。良かった。
LVDB BOOKSに到着!
活気のある南田辺本通商店街を抜けて、もう一度住宅街へ。シトシトと降る雨の音しか聞こえない。とても静かなエリア。裏の裏くらいの路地の中。ガラスの引き戸と格子窓のあるお店が見えてきた。
到着早々に、店主の上林さん(右)に何やら手渡ししている松村さん。重そうだった鞄の中身は、お店に納品する最新刊の書籍や雑誌だった。こうして直接お店に届けることもしばしばあるそうだ。
LLCインセクツ編集の最新刊
松村さんが納品されていた最新刊が早速店頭に並んだ。
雑誌『IN/SECTS』の特集は大阪観光。「一旦ちょっと自分たちの住む大阪を観光目線で捉えてみよう」と、編集部総出で街に出て、墓巡りから、最新のショップ紹介まで、大阪のヒト、モノ、コト、をとことん収集。出版されるやいなや、「熱量やばいよ」と界隈はざわつき、部屋でじっとしている関西のカルチャー好きの心にも、熱い物を漲らせているのがSNS上などでも垣間見れた。松村さんによる土井善晴さんへの大阪の食についてのインタビューは、8ページに渡っている。
もう1冊の書籍『ミールス ダルバート ライス&カリー 3つの地域の美味しいカレー』も松村さん率いるLLCインセクツが版元と編集を担当。著者は、京都の南インド料理店「タルカ」、大阪のネパール料理店「ダルバート食堂」、神戸のスリランカ料理店「カラピンチャ」の3店主。タイトルはそれぞれの国の定食を意味する。「すぐ隣同士の国でも、スパイスの種類、味の違い、風土の違いがあって、食をきっかけにいろいろなことが見えてくるんです」と、こちらもまた、すごい熱さ。
本棚の佇まい
LVDB BOOKSは、書店にギャラリーを併設した空間として、2015年春、大阪・駒川中野でオープンしたのち、2018年春、ここ、築100年近くの長屋を改装してリニューアルオープンされた。お引っ越しの理由は「お店の前に車が通らない、静かな場所に行きたかったから」とのこと。重厚な柱と奥の庭とも相まって、より一層静けさを感じる。
松村さん「LVDB BOOKSの棚は見ていていつも楽しい。新刊古本、国内国外、ジャンルっていうのかな、区切りがないよね。食の本の横に全然違う種類のアートブックが置いてあったり、小説、絵本、ZINEが並んでたりする。あと、流通の少ない音楽ピースとか。でもそこには何かしらの繋がりがあって、どういう構成になっているのかを見るのが面白いの」
と、言いながら、サクサクと購入するものを選ばれていく。教科書イラストの参考に『ドミトリーともきんす』。先ほどの花まる弁当で文字が気になったからと、『新レタリング事典』。どちらも古本。もう一つは、散歩のお供にという音源入りマイクロSDにMP3プレーヤーとイヤホンがついた音楽作品「play by salad /ピーピーピー」がレジの台に置かれていた。
LVDB BOOKS店主・上林さんの視点
あれ? 上林さんは? と探したら、「ちょっと一服」と外で休憩中だった。6月から営業日を一つ減らして、「金土日月」を開店日とされている。4日間にしたのはどうして? と聞いてみると、「ちょうどいいから」とのこと。それ以外は翻訳の仕事や通販の発送などこなしているそう。
何気ない会話の中で強烈に心に残っているのは、上林さんが発した「ひとのマスク姿がわりと好き」という言葉。「室内の近い距離での会話が推奨されていないので、目が際立ってくる。それで相手を理解しようとする流れとか、風潮が面白い。マスクをするようになって、目しか見えなくても、感情は意外と伝わるんだな」と。
ハッとした。覆い隠すもの、邪魔なもの、と思っていたけれど、一気にマスクという存在の見え方が私の中でも変わってきたのだった。
緊急事態宣言の渦中はなかなか本を読み込むことができなかったそうだが、上林さんが手に持って気になったものを2冊教えてもらった。
一つは、旅をテーマに雑誌「TRANSIT」「ATLANTIS」を手掛けてきた編集者・加藤直徳さんの新雑誌「NEUTRAL COLORS」。「インドのタラブックスにインタビューをして、そこからインスピレーションを得て、いかに小さな規模で作っていくかに挑戦してる。通常のオフセット印刷にリソグラフで刷ったページも入ってるのがすごい。しかもこういった手間隙かけたような雑誌に、しっかりアウトドアブランド大手の企業広告が入ってるのが良い。続いてほしい」と上林さん。確かに紙の質感、製本のズレ、インクの匂いが浮き立つ。一冊一冊が一点ものの作品のよう。
もう一つは、『ベトナムの大地にゴングが響く』。映像人類学と民族音楽学を専門にする柳沢英輔さんによる、東南アジアの伝統的体鳴楽器・ゴングの文化と音楽を研究した一冊。「ご本人は録音作家でもあって、ベトナムでのフィールド・レコーディング作品などを発表している。京都の沼地で録った作品はこの前売り切れてしまったんですよ。注目の人」とのこと。早速、iPadを開いて柳沢さんの映像などを見せてくださる。ゴング。初めて知った。LVDB BOOKSには音を見つめるものが、そこかしこに潜んでいるように思える。
気づけば1時間と少しが経っていた。お腹が減ってきたので、そろそろお暇することに。
「元気でいましょうね」と言い合って、上林さんとお別れした。
わたしたちは、上林さんがこの街に引っ越してくる時から信頼を寄せているというお店「ごはんとお酒と布と糸 fudan」さんで、早めの晩ご飯を食べて帰ることにした。そこでは、鯛めしの味に誘われて、懐かしい中学・高校時代に行っていた本屋さんの話などをした。松村さんは河原町蛸薬師にあった丸善と、三条のMEDIA SHOPによく通っていたそうだ。そこからまた1時間、話は尽きなかった。
またいつの日か、私を本屋に連れてって。
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