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「ポール・ローマーと経済成長の謎」書評 知識の生産が社会を豊かにする

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月04日
ポール・ローマーと経済成長の謎 著者:デヴィッド・ウォルシュ 出版社:日経BP ジャンル:経済

ISBN: 9784822288716
発売⽇: 2020/01/24
サイズ: 20cm/657p

ポール・ローマーと経済成長の謎 [著]デヴィッド・ウォルシュ

 「魚を一匹与えれば一日食いつなげるが、魚の釣り方を教えれば一生食いはぐれることはない」との格言はよく知られている。モノよりも、モノを生む知識が価値をもつというわけだ。今日では魚に遺伝子工学を施せば、さらに多くの人を食べさせられるだろう。ありのままの自然よりも、知識のほうが社会を豊かにできるのだ。本書は知識を経済成長の源泉と見るローマーの成長論を概観し、それに至るドラマをえがく。ローマーは18年にノーベル経済学賞を受賞している。
 知識は物質とはずいぶん異なる性質をもつ。食べ物は食べるとなくなるが、知識は使っても減らない。食べ物はコピーできないが、知識はコピーできる。インターネットが普及した今日、知識はほとんどコストをかけずに、いくらでも拡散できる。
 誰かが知識を生産すると、誰もがその知識を用いられるようになる。特許による知識の一定の囲い込みはあれども、外部への好影響は起こる。そうして経済成長は加速する。著者はローマーのこうした議論を、スミス『国富論』をはじめとする古典に紐づけ、経済学史のなかに位置づける。それによりローマーが伝統的な経済学を巧みに駆使したこと、伝統的な経済学が知識を上手く扱い損ねていたことが分かる。
 19世紀の偉大な経済学者ジェヴォンズは、書斎に天井まで積み上がる多量の紙をためていた。炭鉱がまもなく枯渇し、経済成長は止まると考えていたからだ。おそらく、知識を物質より重視するローマーの姿勢は、必ずしも人間の直感に合わないのだろう。我々も、天然資源をもたない日本はどうするか、といった問いの立て方をしがちである。だが真に着目すべきは知識の生産なのだ。
 巨大IT企業が高度頭脳人材を大量に抱え、国家に匹敵する影響力をもつようになった今日、ローマーの成長論が与える示唆はあまりに大きい。
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 David Warsh 1944年生まれ。経済ジャーナリスト。ベトナム報道に従事、米紙の経済学コラム担当で活躍。