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「新実存主義」書評 心の哲学巡るスリリングな問答

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月18日
新実存主義 (岩波新書 新赤版) 著者:マルクス・ガブリエル 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318224
発売⽇: 2020/01/23
サイズ: 18cm/210,5p

新実存主義 [著]マルクス・ガブリエル

 人間の心とは何か。この古くて新しい問題に、現在の哲学界でもっとも注目される一人であるマルクス・ガブリエルが正面から取り組んだのが本書である。内容は抽象的だが、ガブリエルが4人の研究者とスリリングな応答を重ねる過程を追っていけば、議論の筋を見失うことはないだろう。
 ガブリエルが批判を加えるのはまず、心を脳と同一視する立場だ。たしかに、心の動きを神経のシナプスの反応によって説明しようとする研究者は少なくない。しかしながら、そのような自然科学的なアプローチで、心をすべて解き明かすことはできるだろうか。心とははるかに複雑な現象であり、「心」という言葉で一つに包括できるような何かではないというのが、ガブリエルの主張だ。
 自然に存在するものは、私たちがそれをどう認識しようが変化しない。水は水だ。ところが人間は、自分自身や自分の周りの状況を理解しようとするし、その理解は人間のあり方に影響を与える。人間は否応なく物語やフィクションを生きてしまうのである。もちろん、人間は思い通りのことを実現させているわけではない。とはいえ、そのような理解はまちがいなく人を変化させる。著者はそこに精神の自由を見いだす。
 新実存主義といっても、サルトルの実存主義を想像すると間違えるだろう。決意によって、人間が新しい人格になるわけではない。それでも人間は自己解釈し、それによって動かされる。人間が作り出す「意味の場」から世界を捉えるガブリエルの立場は、新たな心の哲学を感じさせる。カント、ヘーゲル、ハイデガーを継承しつつ、独自の「精神」の哲学を構築しようとする点も興味深い。
 物理的なものを含みつつ、それに尽きることのない「精神」をどのように解明していくか。AIの発展により、「人間とは何か」があらためて問われている現在、軽やかだが直球勝負の哲学者から目が離せない。
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 Markus Gabriel 1980年生まれ。独ボン大教授。著書に『なぜ世界は存在しないのか』『「私」は脳ではない』など。