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「歩く江戸の旅人たち」書評 飛脚や駕籠かきの走り方を推理

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月02日
歩く江戸の旅人たち スポーツ史から見た「お伊勢参り」 著者:谷釜 尋徳 出版社:晃洋書房 ジャンル:スポーツ

ISBN: 9784771032941
発売⽇: 2020/04/06
サイズ: 19cm/198p

歩く江戸の旅人たち スポーツ史から見た「お伊勢参り」 [著]谷釜尋徳

 江戸時代、経済力を持った庶民は旅を楽しむようになった。中でも賑わったのが伊勢神宮参拝を目的とするお伊勢参りだ。
 しかし当時の旅行は、ほぼすべて徒歩である。江戸から、あるいは他の地方から伊勢までの距離を老若男女が歩いたと思うと、驚くべき健脚ではないか。
 それを可能にした当時の徒歩旅行とはどんなものだったのか。本書はスポーツ史を専門とする著者が多くの史料をもとに当時の〈歩行〉を分析、身体運動の仕組みから道具、環境に至るまでを読み解いた、かつてない視点からのお伊勢参りガイドである。
 史料が比較的多く残っている東北地方の旅人たちを調べると、総歩行距離はなんと2千キロを軽く上回るという。1日に歩く距離は平均して約34・1キロ。平均して1日10時間程度歩いていたそうだ。すごい。
 面白いのは当時の日本人の歩き方だ。前傾姿勢で爪先(つまさき)歩行、引き摺(す)り足。これは履物が草履や下駄(げた)だったからという指摘には膝(ひざ)を打った。ただし旅のときは草鞋(わらじ)で踵(かかと)を固定する。いわば草鞋はウォーキングのためのスポーツギアだ。
 もうひとつのギアが棒である。時には杖に、時には体重をかけて休憩に使う。
 この棒について書かれた第3章が特に面白い。当時は〈走る〉ことが特殊技能だったという。そしてその技能を持っていたプロとして、棒を担いで走る飛脚と駕籠(かご)かきの走り方を絵画史料から推理しているのだ。今とはまったく違うフォームに、真似してみたくなること請け合い。
 江戸時代の日本には、スポーツという概念はなかった。けれど1日34キロを歩いたり、効率のいい走り方を考案したりした当時の〈旅〉には、確かにスポーツの萌芽があったのだと、本書を読んで納得した。
 他に道路の状態や旅の費用、当時の交通マナーなどの情報も。旅行のできないGW、しばし江戸時代の旅に想いを馳せてみては。
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たにがま・ひろのり 東洋大教授(スポーツ史)。編著に『オリンピック・パラリンピックを哲学する』。