1. HOME
  2. コラム
  3. とれたて!この3冊
  4. 平成の才能 「設定」の妙味 「透明人間は密室に潜む」など千街晶之さん注目のミステリー3冊

平成の才能 「設定」の妙味 「透明人間は密室に潜む」など千街晶之さん注目のミステリー3冊

  • 透明人間は密室に潜む(阿津川辰海、光文社)
  • 恋に至る病(斜線堂有紀、メディアワークス文庫)
  • 暗黒残酷監獄(城戸喜由、光文社)

 昭和生まれの感覚からすると、平成という時代はあっという間だったような印象があるけれども、約三十年も続いた時代が短いわけがなく、平成生まれの世代が作家として頭角を現すほどには長い歳月だったと言える。今回は、そんな平成に生を享(う)けた作家たちの新作を紹介したい。

 パラレルワールドや超能力などの設定を導入した本格ミステリーを、近年は「特殊設定ミステリー」と呼ぶことが多いが、その若き旗手が阿津川辰海(あつかわたつみ)である。『透明人間は密室に潜む』は著者の初めての短篇集。透明人間による完全犯罪計画を描く表題作は、いかにも特殊設定ミステリーを得意とする著者らしい作品。だが収録作の傾向は多彩であり、無作為に選ばれたはずの裁判員に共通点があったせいで評議が迷走してしまうブラック・コメディや、豪華客船上の脱出ゲームに参加していた少年が人違いで監禁されたため脱出を図る話など、奇抜な設定と練り込まれた論理を楽しめる話が揃(そろ)っている。

 斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)はライト文芸を主ジャンルとして活躍している、今最も期待できる作家のひとりだ。のっぴきならない関係に置かれた同士の、共依存的な感情の綾(あや)を描かせれば右に出るものはない書き手と言える。ウェブ上のゲームで人を操って百人以上の人間を自殺に追いやってきた少女と、彼女に救われた過去を持つためその犯罪を制止することもなく見守ってきた少年が登場する『恋に至る病』も、彼らの人生の歯車がどこで狂ったのか、どこかで止めることは出来なかったのかを考えさせる。そして結末まで辿(たど)りついた読者は、少女の本心がどこにあったのかを、再読を通じて考え直したくなるだろう。

 城戸喜由(きどきよし)は今年、第二十三回日本ミステリー文学大賞新人賞を史上最年少で受賞してデビューしたばかりの新人だが、受賞作の『暗黒残酷監獄』は、選考委員のあいだで評価が賛否真っ二つに割れたという。なにしろ、主人公である男子高校生は、姉を何者かに殺されながらも人を食ったような言動を繰り広げ、心が壊れているとしか言いようがない状態で謎解きに乗り出すのだ。読者の共感など求めていない作風であり、不謹慎もここまで徹底すれば心地よくさえ感じられるが、奇矯なキャラクター描写に頼ることなくきっちりと本格ミステリーに仕上げているのだから、二作目以降が楽しみである。

 三作とも方向性は異なるものの、現実離れを恐れない設定と、独自の倫理観に説得力を持たせる筆力という点に共通点を見出すことも可能だろう。これまで読んだこともないようなユニークなミステリーを、彼らならば今後も生み出してくれるはずだ。=朝日新聞2020年5月27日掲載