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コロナと苦闘、韓国の場合 池澤春菜さん注目のSF小説3冊

  • プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)
  • 最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集
  • ガラスの顔

 読み終わった興奮と衝撃を誰かと語り合いたいのに、何を言ってもネタバレになってしまう。読み終わった者同士、無言でただ手を振り合うしかない(作中にジャズハンドという掌〈てのひら〉を振る仕草〈しぐさ〉が出てくるのです)。面白い、でも語れない、それがアンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。とはいえここは紙面なので、手を振る訳にもいかない。どうしよう。

 グレースは真っ白な部屋で目を覚ます。傍らには2体の死体。だが彼には記憶がなかった……不可解な状況を科学的思考と実験で少しずつ解き明かしていく。そうしてわかったのは、絶望的な状況だった。あああ、もうこれ以上は駄目だ。公式のこの文言がギリ……「人類の希望は、遥(はる)か11・9光年の彼方(かなた)――。たったひとりの冴(さ)えた相棒と、謎の解明に挑む」。何が良いってこの相棒が、もう本当に、床を転げ回って、枕に顔を埋めて叫ぶほどに、か……駄目だ言えない。ううううううう……そっと手を振っています。こんなに書評家泣かせの本ってある……?

 気を取り直して。コロナ禍の中、何冊か、パンデミック時代を扱ったSFアンソロジーが出ている。『最後のライオニ 韓国パンデミックSF小説集』は、躍進めざましい韓国SFが描く、新しい未来。表題作「最後のライオニ」、居住者が感染症で絶滅し、機械だけが残された星で主人公が見たものは。パンデミックの最中、ミジョンは不思議な箱を手にする。少しずつ過去に遡(さかのぼ)りながら、愛するもの、本当に大切なものを取り戻そうともがく「ミジョンの未定の箱」。感染症対策に、韓国語に特有の激音や破裂音が消えた未来。言語学的アイデアが光る「チャカタパの熱望で」など、全六編。コロナは、全世界をほぼ同時に襲った。ただ、パンデミックが浮き彫りにした問題は、それぞれだったように思う。韓国が見たものは何だったのか。SFを通して見える今ある問題と、苦闘と、希望。

 『ガラスの顔』はマスク生活が当たり前になった今を、少し違う角度で描いたような作品。地下都市カヴェルナの人々は《面(おも)》と呼ばれる作られた表情をつけて暮らしていた。だが、捨て子ネヴァフェルは、その《面》を身につけることが出来なかった。

 《面》が浮き彫りにする抗(あらが)えない貧富の差、隠された感情と陰謀、残酷で非情な社会。だけど自分自身を取り戻すためのネヴァフェルの歩みは、その世界の仕組みを壊していく。ハーディングならではのディテールの豊かさ(特にチーズの描写!)と、最後のつき抜ける爽快感は格別。
 マスクの奥の表情を読むのに疲れた時は、本を読もう。=朝日新聞2021年2月16日掲載