- 手招く美女
- 致死量の友だち
- 蒼(あお)い夜の狼(おおかみ)たち
果たして現在、オリヴァー・オニオンズという作家名と、代表作を冠した『手招く美女』という書名を見て、思わず興奮を禁じ得ない読者が、どれくらいいるものか……いささか心許(こころもと)ないものがあるけれども、生粋の英国怪奇党であれば、一も二もなく私の賞讃(しょうさん)に同意されることと思う。なぜなら「手招く美女」こそは、眼(め)に視(み)えない存在をありありと官能的に描き出して比類がない……正調英国幽霊譚(たん)の最終進化形とも称すべき絶品だからだ!
かつて斯界(しかい)の名匠・平井呈一が「この程度まで書きこんだ重厚な作品は、従来日本の雑誌などでは枚数の関係でなかなか受け入れられず」と歎(なげ)きつつ邦訳紹介した傑作中篇(ちゅうへん)を、その学統を継ぐ南條竹則が清新な形で新訳。恋の陶酔を知り初めた若い女性が、地中海の古代神の誘惑にさらされる過程を惻々(そくそく)と描く中篇「彩られた顔」を館野浩美が、世にも奇怪な人形愛小説ともいうべき「ベンリアン」、幽霊船の恐怖を描いて意表を突く「幻の船」ほか本書の中核を成す短篇群を高沢治が、それぞれ担当して成った、全八篇のオニオンズ怪奇小説傑作選! 小説技巧の一頂点を極めた名作群を、心ゆくまで堪能していただきたい。
『てのひら怪談』シリーズでデビューし、オフビートで風変わりな妖怪小説『生き屏風(びょうぶ)』で日本ホラー小説大賞に輝いた田辺青蛙(せいあ)の新作は、なんとミステリー!? ……と聞いて、やや不安に駆られつつ読んだ長篇『致死量の友だち』は、フタを開けてみれば、残忍無類の毒薬小説、いま話題の漫画『タコピーの原罪』ともどこか一脈通ずる、壮絶な虐(いじ)めと一家離散の無間(むげん)地獄の物語で、要するにいつもの青蛙流小説だったので、ホッと一安心した。血も凍る惨劇がお好みの向きは、ぜひ。
最後は、風変わりな絵本を紹介しよう。異色の妖怪画家として注目を集める新鋭・玉川麻衣が絵を、国学院大出身の若き学芸員・寺崎美紅(みく)が物語を担当した『蒼(あお)い夜の狼(おおかみ)たち』である。
舞台は山梨県奥地の丹波山(たばやま)村。住民の高齢化で、いまや信仰する人も少なくなった七ツ石神社は、社殿崩壊の危機にさらされていた。神霊のお使いである狼の一頭は、老齢のため眼を病んだ村人を救うため、大切な霊力を使い果たして、その姿も薄れてしまう。
「七ツ石の狼を想(おも)ってくれているもの、どうか応えてください」
霊峰・三峯(みつみね)山に集う仲間の狼たちの必死の遠吠(とおぼ)えは、やがて広く世界へ、さらには満天の星々へと拡(ひろ)がってゆき……美しい奇蹟(きせき)の瞬間が訪れる!
狼に象徴される大自然の霊妙さを愛する若者たちの切なる願いがこめられた、社殿再建の実話にもとづく絵本。=朝日新聞2021年3月23日掲載