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最年少でグラミー賞5冠を果たした「ビリー・アイリッシュのすべて」 時代はいつでもエンパワーメントするポップアイコンを求めている

文:福アニー、写真:『BILLIE EILISH ビリー・アイリッシュのすべて』(大和書房)より

 「5個? 冗談でしょ」。両手いっぱいにトロフィーを抱えながら、普段あまり見せない満面の笑みを浮かべるシンガーソングライター、ビリー・アイリッシュ。2020年のグラミー賞で、最年少の18歳にして女性初、最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞の主要4部門を含む5部門で受賞を果たした。内省的でダークな世界観で、同世代の若者をはじめ耳の肥えた音楽リスナーや感度の高いファッションラバーなど多くの共感を得ている。

 そんな彼女の生い立ちから現在までをたくさんのライブ写真とともに辿れるビジュアルブック『BILLIE EILISH ビリー・アイリッシュのすべて』(大和書房)が、カルチャーサイト「PERFORMANCE REVIEWED」を手がけるジャーナリスト、チャールズ・コンウェイによって届けられた。

 「LAに住む芸能一家というだけでよく誤解される。私たちはクソ貧乏だった」というビリー。テレビドラマの端役が多かったという役者の両親、現在に至るまで共同で音楽制作を続ける兄のもと、2001年に誕生。両親の方針で学校には通わずホームスクールで学び、家にたくさんの楽器があったこともあり、自然と音楽に触れ親しんでいった。11歳で作曲を始め、12歳で「Fingers Crossed」をSoundCloudにアップロード。その後「Ocean Eyes」がバイラルヒットし、大手ユニバーサル傘下のレーベルとメジャー契約を結ぶ。鼻血を流しながら、腕立て伏せをする男性の上であぐらをかきボソボソと歌う「bad guy」のMVは、そのインパクトもあって総再生回数8億9000万回を超え、2019年に世界で最も売れたシングルに。満を持してリリースされたファースト・フルアルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?」も高い評価を受け、先述のグラミー賞総なめに繋がっていく。

「Billie Eilish - bad guy」

 本書ではそうした道のりはもちろん、幼少期からのメンタルヘルスやボディコンプレックスに対する苦悩と葛藤が赤裸々に綴られる。「グリーン・デイは私の人生を変えてくれた。いまでも私にとって最高のアーティスト」「エイミー(・ワインハウス)は、自分をよく見せようとしたり、都合のいい嘘でごまかそうとしたりしない」と自身の音楽ルーツが垣間見られる言葉から、曲作りやこだわりが詰まったMV、ワールドツアーの裏話、映画「007」シリーズ最新作の主題歌「No Time To Die」制作秘話まで。家族の教育やサポートの大切さ、なにより彼女自身のタフネスに驚かされる一冊となっている。

 そしてビリーといって忘れてはならないのがファッション。最近ではアーティストの村上隆とユニクロとのコラボTシャツや、サステナブル素材を使ったコレクションをH&Mから出すなど、ファッション面でも話題に事欠かない彼女。本書でもグラフィティが所狭しとあしらわれたヒップホップテイストなもの、パンキッシュなデザイン、ゴシック調と、トレードマークのだぼっとしたストリートファッションで魅せる。色も彼女の代名詞といえる蛍光グリーンにブルー、イエロー、オレンジ、ブラックと目にも楽しい。またシャネルやグッチ、ルイ・ヴィトン、プラダといったハイブランドとのコラボレーションや、ネックレス、ネイル、サングラス、マスク、シューズとパーツごとのファッションカタログも載っていて、遊び心に溢れた作りになっている。

 ところでテレビ神奈川の長寿音楽番組「Billborad Top 40」を90年代からウォッチし続けている身としては、いままで多くの女性アーティストに勇気づけられてきた。歌唱力抜群のマライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、セリーヌ・ディオン、歌って踊れるジャネット・ジャクソン、アリーヤ、クリスティーナ・アギレラ、ブリトニー・スピアーズ、ガールズグループ百花繚乱のTLC、デスティニーズ・チャイルド、スパイス・ガールズ、当時から唯一無二の存在感だったミッシー・エリオットなどなど――。

 最近でも、トップランナーを走り続けるビヨンセ、ニッキー・ミナージュ、テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデ、レディー・ガガ。みなベクトルは違えど、反骨精神を秘めた力強くてかっこいい女性を体現し、人々をエンパワーメントするポップアイコンという意味では、ビリー・アイリッシュもその一人であるといえる。ただそれは、いわゆるアメリカン・ドリームやスター誕生といったような華やかさや派手さではない。SoundCloud出身でいまでもベッドルームをのぞき見しているかのような親密な音楽、媚びることなくありのままを肯定する姿勢、「体形なんて気にしないで」というメッセージでもあるゆったりとしたファッションが、新たな時代にフィットしたのだろう。

 いまやインスタグラムのフォロワー数は6400万人にものぼり、社会的影響力も大きい彼女だが、「ファンのおかげで私がいる」という謙虚な気持ちも忘れない。そして臆することなく、積極的に社会問題や固定観念に対して自身の考えを発信し続けている。ボディシェイミング(体型に対する悪口や批判)に意思表明したショートフィルム「NOT MY RESPONSIBILITY」を公開したり、人種差別をなくそうという運動「Black Lives Matter」や、グラミー賞授賞式でのタイラー・ザ・クリエイターの音楽ジャンルと人種にまつわるスピーチに賛同したり。3月にはインスタグラムで家にいるよう呼びかけ、4月にはレディー・ガガが発起人のチャリティ・コンサート「One World : Together At Home」で、兄と自宅からライブ配信を行った。ウイルスの脅威に見舞われた世界のそのあとで、ビリーが願う優しい世界になっていますように。

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