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「二枚腰のすすめ」書評 哲学者は答えず 相談に「乗る」

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月04日
二枚腰のすすめ 鷲田清一の人生案内 (教養みらい選書) 著者:鷲田清一 出版社:世界思想社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784790717423
発売⽇: 2020/06/10
サイズ: 19cm/199p

二枚腰のすすめ 鷲田清一の人生案内 [著]鷲田清一

 メニューの選択から、旅の行き先、マンションの購入、何を決めてもことごとく後悔するという難儀な五十代独身女性に相談相手の著者は「後悔するのがいやなら、選択するのをやめることです」「何でも他人に選択してもらうのです」と、「答える」のではなく「乗る」ことで、「もやもや」を受け止める。
 自力に自信がない人は、他力本願でいいのである。人生は常に三差路の岐路に立たされている。どっちへいくべきか迷う時は、他力を利用するというのは僕のコンセプトである。人生なんてどっちだっていいんだ。答えなんかない。成るように成るのが答えだ。
 つい本書の相談相手につられて、こっちが回答者にさせられる。自分の答えを本書の鷲田さんのサジェスチョンと照らし合わせて読むと、こんなに面白い本はない。知らず知らずに人間学を学ばされている。
 人間は過去の言葉や行いによって現在の境遇だけでなく未来の運命も定めている「業」の支配下にある。著者はこの業と向き合うところまでいかないと答えが出ないという。大方の相談者は悩みの対象と対立している。悩みの根源は相手にあるんじゃなく、自分にあることに気づくまでは、その対立者が自分ではなく、相手だと思いつめているんだから、自分の影と戯れているってわけでしょう。あゝ、シンドー。
 著者は哲学者。物事の根源のあり方、原理を理性的に、論理的に組み立てて、相談相手に「なるほど」と思わせる言葉の魔術師なんだから、ご利益がないはずがない。わからなくなっても「わかった」と思えば、悩みも消える。自分の中で主観と客観を対立させているんだから、対立を超越する、とは言わないまでも、そこから離れるしかない。
 それでもどん底状態まで追い詰められたら、最後は「二枚腰」の構えです。相撲で腰砕けになりそうでならない隠し球のしぶとさが物を言うのです。
    ◇
わしだ・きよかず 1949年生まれ。哲学者、せんだいメディアテーク館長。著書に『「ぐずぐず」の理由』など。