多分野で高レベルの作品を残した横溝正史
――いつ頃から、横溝正史をテーマにしようと考えていたのですか?
4巻で江戸川乱歩を取り上げた時、乱歩と一緒に横溝正史も取り上げようかなと思ったのですが、乱歩について調べるのに手一杯で(笑)。それ以来、何度かやりたいなと思っていましたし、読者さんからも「横溝は取り上げないんですか?」というお話をいただいていました。
ですからずっと考えてはいたのですが、なかなかうまくいかず、宿題を抱えている、みたいな感じが続いていました。「よし、これで行こう!」と思ったのは、昨年の夏くらいです。
――ストーリーを作る点で一番苦労したのは、どういう部分ですか?
横溝の代表作は、当然ミステリーになります。ミステリー作品の魅力を書こうとすると、どうしてもトリックや真相に触れざるをえない。でもネタバレはまずいので、それを避けていかにして横溝正史を取り上げるのか、ひじょうに難しかったですね。
――今回の作品に登場する横溝正史の『雪割草』は、幻の作品だったそうですね。
とにかく長い小説で、こんな大作が埋もれていたというのも不思議です。第二次世界大戦中に新潟の新聞に連載され、草稿が発見されたのが2017年ですから。
――それ自体が一種のミステリーですね。改めて横溝作品を読んで発見した面白さとは?
金田一耕助もののミステリーが有名ですが、捕り物帖や児童文学、時代小説など、ひじょうに多岐にわたる活動をしています。そしてどのジャンルも、プロとしてレベルの高い作品を発表している。
しかも70歳を過ぎても新作をバンバン書いているし、エッセイも引き受けています。ひじょうに稀有(けう)で、すごい作家だな、と。素朴な感想ですけど(笑)。こんな幸せな人生を送る作家は、そういないんじゃないか、と思いました。
1巻で終わるつもりだったシリーズ
――三上さんご自身は、古本に対してどんな思い入れがありますか?
以前3年くらい古書店で働いたことがあるので、日常的に古書を扱ってはいたのですが、入り込みすぎると「抜け出せない沼」みたいな感じなので。なるべく深みにはまらないよう気をつけていたというのが正直なところです。具体的には、場所をとらない絶版になった文庫だけと決めて買っていました。
でも、このシリーズを書くようになり、言い訳が立つし、大手を振っていくらでも本を買えるようになり……(笑)。そういう意味では楽になりました。
――ビブリア古書堂は北鎌倉にあるという設定ですが、近くに海もあれば、かつて映画の撮影所があった街もある。ある意味で、おぜん立てがそろっている地域ですね。
私自身20年ほど住んでいた地区なので、身近な場所ということで書き始めたのですが……今さらながらに「いい場所を選んだな」と、他人事みたいに思っています(笑)。地元の方が読んでも違和感がないようにと、ずっと意識して書いてきました。
――『ビブリア古書堂の事件手帖』の1作目が発表されたのが2011年。その時は、こんなにシリーズが長く続くと想像していましたか?
まったく思っていませんでした。1巻で終わるつもりでしたし、まさか主人公の大輔と栞子に娘が生まれるとは想像もしていませんでした(笑)。これまで10年間書き続けたシリーズはなかったので、登場人物と一緒に年月を重ねている感じですね。大輔も栞子も、「知っている人」みたいな感覚です。
――登場人物も10年の間に成長するし、三上さんご自身にも変化があったのでは?
私自身、この10年の間に子どもが産まれましたので、それは書く上で関係しているのではないでしょうか。今回の『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ』も、大輔と栞子の娘である扉子が軸になっています。たぶんこの先、扉子が主人公になっていくのではないか。その橋渡しとして、今作を書きました。
新シリーズは扉子を軸に次世代へ
――なぜ主人公が扉子に変わるのでしょうか?
大輔と栞子だけだと、二人で問題をすべて解決できてしまう。未熟な扉子と、何を考えているのかわからない祖母の智恵子とのかかわりで展開していったほうが、話としては面白いのではないかと思い――人間関係をどう描いていくかは、目下、宿題ですが。
――扉子は、栞子の娘だけあって子どもの頃から読書家だし、すごい推理力の持ち主です。いったいどんな人に育っていくのか、ちょっと末恐ろしい(笑)。智恵子さんとの関係も気になります。
ほんと、どんな人になってしまうのか――。智恵子は、孫を導いていくのか。あるいは得体(えたい)の知れない世界に引き込もうとしているのか。信用できない先生から教わらなくてはいけない生徒というか、油断ならない魔女の弟子になる、みたいな感じの話になっていくのではないでしょうか。
――シリーズ再始動ということですが、ファンの方々へのメッセージをお聞かせいただけますか。
これは毎回変わらないのですが、エンターテイメントなので、楽しんでほしいという気持ちがすごく強いですね。そして、読んでくださった方が「本」そのものに興味を持ち、読みたい本が増えてほしいなぁ、と。
そしてシリーズ再始動を機に次の世代に話が移っていくので、前のシリーズを楽しんでいただいた方にも楽しんでいただきたいし、できれば新しく読んでくれる方がいたらうれしいな、と思っています。
※『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ~扉子と空白の時~』は7月18日発売です。