1. HOME
  2. 書評
  3. 「ミッキーマウス ヒストリー」 ネズミも人類も超えた文化遺伝子 朝日新聞書評から

「ミッキーマウス ヒストリー」 ネズミも人類も超えた文化遺伝子 朝日新聞書評から

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月01日
ミッキーマウスヒストリー ウォルトから世界へ 公式ガイド完全版ミッキーマウス90年の歴史 著者:アンドレアス・デジャ 出版社:静山社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784863895690
発売⽇: 2020/06/18
サイズ: 25×32cm/165p

ミッキーマウス ヒストリー ウォルトから世界へ [著]アンドレアス・デジャ、マイケル・ラブリー

 とんがった顔の先端に卵形の黒いだんご鼻。長い髭はむしり取られ、頭には丸いしゃもじ形の大きい耳が二つ。腕はチューブのように長く伸び、手には生涯一度も脱いだことがないグラブのような大きい手袋。上半身は裸で穴が二つ開いたおむつのような短パン。チャプリンの靴より大きい靴。これがディズニーが創造した神の業ネズミのミッキーマウス。
 ネズミをここまでデフォルメしたウォルトはピカソか? 世界中で最も知られ、愛されたミッキーのキャラクターはネズミも人類も超えた超人である。本書はミッキーになる前の暗中模索中のウォルトのスケッチから現代美術のミッキーまでを各章ごとに紹介した展覧会のカタログ版である。
 自分がネズミ年だから言うわけではないが、かつてはロスのディズニーランドに泊まったり、年二回は訪れていた。老若男女がアトラクションやイベントに参加しながら幼年期を共有する。落下する滝のボートの中であげる悲鳴は創造の核、インファンティリズムが口から飛び出す瞬間だ。少年の特権、恐怖と冒険と夢と魔法! 大人になれない大人、幼い老人でいる時こそ至福の時間!
 ウォルトはチャプリンに憧れて、ミッキーを擬人化すると同時に自己同一化する。ミッキーの変化と多様性は、ウォルトの万華鏡的性格に由来。その表情は百面相だ。またミッキーの身体能力はアクロバティック的で、その運動神経は画面にまるでクロスオーバー・ペインティングを描くように縦横無尽に駆け巡る。そんなミッキーの活動の場を描く背景画がまたメタモルフォーゼされて、まるで生命を持っているよう。モコモコしたウォルト独特の造形言語が天国的物語に変容させて天地創造を演出する。そんな造形を僕は柔らかい形而上(けいじじょう)絵画と呼びたい。
 近年、ミッキーは現代美術に活動の場を拡張している。ディズニーは、ウォーホルやリキテンスタイン、キース・ヘリングにミッキーの作品を依頼。僕にもそのお鉢が回ってきて、鉢巻きをした武蔵に扮したミッキーが巌流島で小次郎と決闘する場面を描いたが、「ミッキーは暴力は嫌いです」と言われて、作品を変更。作品の発表権はディズニーに帰属。作家は所有権のみ。自分の作品でありながら自由にならない。ウォーホルも同じ。ミッキーが描けるなら、要求に従いましょう。こうしてミッキーは益々(ますます)神秘化され、神格化されて文化遺伝子となる。
 本書の掲載作品はサンフランシスコのウォルト・ディズニー・ファミリー博物館で展示された作品が中心で、すでに所蔵している昔の僕の作品も展示されていた。ミッキー・マニア必携本。
    ◇
Andreas Deja 1957年生まれ。ウォルト・ディズニー・スタジオのアニメーターとして「美女と野獣」「ライオン・キング」などを手がける▽Michael Labrie ウォルト・ディズニー・ファミリー博物館の運営責任者。