「言葉の守り人」「ピジン・クレオル諸語の世界」書評 日本語で奏でるマヤの言い伝え
ISBN: 9784336065667
発売⽇: 2020/06/25
サイズ: 19cm/219p
ISBN: 9784560088746
発売⽇: 2020/06/26
サイズ: 19cm/263p
言葉の守り人 [著]ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ/ピジン・クレオル諸語の世界 ことばとことばが出合うとき [著]西江雅之
1冊目は、一人の少年が、「誰のものでもない、みんなのもの」であるお話を、誰よりも上手に話すグレゴリオおじいさんに導かれて「言葉の守り人」になるまでの成長譚。ソル・ケー・モオ『女であるだけで』に続き、「新しいマヤの文学」として刊行された小説である。
「お前たちのうちの誰か一人にお話を覚えるという大切な仕事を引き受けてもらいたい」
カー・シーヒル・ターン。マヤ語で「言葉が蘇(よみがえ)る」「声が生き返る」を意味する言葉だ。「ぼく」は、祖父の口から次々と繰り出される伝承を耳と目と肌で受けとめ、約束どおり、「言い伝えの中に息づいているもの」を文字にしたためた。
おかげで読者は、マヤ神話のモチーフ、マヤ思想に根づいた哲学、マヤ語による呪文やオノマトペがちりばめられた本書をめくれば、マヤの人々の「過去が現在と再会する」貴重な瞬間に立ち合うことができる。しかもその瞬間は、いまを生きる私たちの指針としてもきらりと光るものばかりだ。少年の祖父は、継承者である孫にとくと言い聞かせる。
「自由な人間には値段がない。自由は金を出して買うことができるような商品じゃないからじゃ。自由という心の宝石は人間が自ら勝ち取るべき特権じゃ。無知や恐れからそれを手に入れようとせぬ者がいたら、それをどうやって手に入れられるかを教えてやるのがお前の仕事じゃ」
エンリケ・トラルバによる挿絵もまた、本書という神秘の森に分け入る際の情緒をいっそうかき立てる。
生涯にわたり「異なる言語の出合いをとおして人間の言語とは何か」というテーマを追究した西江雅之氏が『ピジン・クレオル諸語の世界』で述べるように、あらゆる翻訳は「原文、順序、時間、空間、既成の用法などの制約の中で行われる」演奏であるとするなら、日本語で奏でられたマヤ語を堪能できる興奮がここにある。
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Jorge Miguel Cocom Pech 1952年生まれ。小説家▽にしえ・まさゆき 1937~2015。言語学・文化人類学者。