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フルポン村上の俳句修行・特別編 又吉直樹さんと「東京」を詠む【後編】

文:加藤千絵、写真:北原千恵美
根津権現の影
 尾崎放哉は根津神社で句会を開いていたらしい。
 会社員としての挫折や失恋を経て、東京を離れ自分の場所を探し求める旅に出た。その果てで熟成させた孤独と哀愁を詠んだ自由律俳句は僕に突き刺さり内部で爆発した。晩年に詠んだ数々の名句は東京との隔絶の色が濃い。そんな俗世間と離れた場所から放たれた言葉が、なぜか僕には東京への恋文に思えてならない。
 自分をなくしてしまつて探して居る 尾崎放哉(又吉直樹『東京百景』より)

放哉の「妖怪的」視点

――又吉さんは、放送作家のせきしろさんと自由律俳句の本を3冊出されていますね。上京してからの10年をつづったエッセー『東京百景』(角川文庫)にも自由律俳句を代表する俳人・尾崎放哉(1885~1926)の句を載せていますが、お好きなんですか。

又吉:2008年にせきしろさんに自由律俳句っていうのを教えてもらって、そのときにどういうもんか分からんかったんで、尾崎放哉と種田山頭火の句集を買って読んだんです。山頭火はやっぱりすばらしいんですけど、かっこよくて。放哉ももちろんすばらしいんですけど、情けなかったんですよね。山頭火の孤高の俳人みたいな雰囲気と同じ「孤高」なんですけど、放哉は惨めさが際立ってて。山頭火は苦行を自ら引き受けにいって、修行してる感じがするんですけど、放哉は「なんでこんなことになってもうたんやろう」っていう(笑)。

村上:(笑)

又吉:「なんか、こんなことになってしまってる!」っていう、自然にそうなっちゃったっていうのがあって、僕は両方好きなんですけど、より放哉にひかれてしまったというか。

――とても頭がいいんだけど、人とうまくやっていけなかったんでしたっけ・・・・・・。

又吉:酒癖が悪くて、人間関係がうまくいかれへんくて、恋愛もうまくいかなくて、東京に住めなくなったんですよね。住めなくなったのもたぶん精神的なことと、後は人間関係やと思うんですよ。

 放哉の句でいっぱい好きなのあるんですけど、「釘箱の釘がみんな曲がつて居る」を最初に句集で読んだとき、僕、笑ったんですよ。立て付け悪いドアとか窓から隙間風入ってきて、めっちゃ寒いからとりあえず板でも張って修繕しようか、って釘箱開けたら釘全部曲がってるっていう。それってすごいコメディやなあと思って、おもしろいなと思ってたんですけど、何回も鑑賞してるうちに、でもきついなと思って。

 放哉の人生と照らし合わせていくと、東大、当時は帝大やったのかな。卒業して保険会社かどっかに勤めて、要はエリートですよね。本当は釘とか部品全部そろってたはずなんですよ。でも、それが全部曲がってて。どんどん映像を引いていって放哉の人生まで見渡すと、「そういうことやったんや」って思わせてくれるような句が多いし、共感もできるし。

 最初笑ってまうんですけど、よくよく考えたら哀しい句がめっちゃあるんですよ。「花火があがる空の方が町だよ」って句があって、それって「花火あがってるわ」「あっこ町やで」ってことじゃないですか。でも、花火って今よりもっと夏のエンタメが不足してた時代に重要で、みんながこぞって楽しみにして見に行くもんじゃないですか。要は花火大会のときって、 みんな町にいるはずなんです。でも放哉は、花火大会がやっているであろう場所をだいぶ離れたところから見て、誰に言ってるのか、独り言か分からないですけど、「花火があがる方が町だよ」って言って。それも放哉ぽいなあ、っていう。東京に住むことができなかった、人とうまく交わることができなかった人の視点、妖怪的な視点ですね。

自由律俳句は執筆活動の核

――又吉さん自身はどういうときに心が動いて、句作するんですか。

又吉:割といつでもです。作ろうかって言って作るときもありますし、これメモしとこ、ってメモするときもありますし。

――小説、エッセーと執筆活動されている中で、俳句はどんな存在ですか。

又吉:自由律俳句は本当に核の部分ですね。それを広げていったらエッセーにもなるし、コントにもなるし、小説にもなるのが自由律俳句かなと思ってますね。だから「エッセーの締め切り今日か」ってなったときに、例えば書くことないなと思ったら、過去の自由律俳句のメモとか見ながらこれ広げていこうとか、そういうことは何回もやってますね。

――村上さんは俳句や、もっと個人的な心情を入れ込む短歌もされていますが、小説を書こうと考えたことはないんですか?

村上:ちょっと思ったこともあったんですけど、しんどいなと思って。

又吉:ふふ。

村上:例えば俳句、短歌、ネタでもそうですけど、作る時は17音だ、31音だ、ネタ3分だ5分だ、って時に、「クッ」て作るじゃないですか。失敗がないように、何度も。この集中力で2000ページとか作れないな、と思っちゃうんですよ。短歌とか俳句とかでもちょっとずつ変えたりとか考えなきゃいけないのに、1年かけてずっと同じ小説を書き続けてて、途中で登場人物を急に愛せなくなったらどうしようとか思ったら、ちょっと無理かもと。

――又吉さんはそういう創作の苦しみはありますか?

又吉:楽ではないですけど、僕、楽じゃないことが別に嫌いじゃないんで。割と自分に負荷がかかってる状態の方が落ち着くというか。1週間旅行とか行ったら、3日目くらいからもう不安になってくるんですよ。うまいもん食えて、時間がめっちゃあって、全部そろってるっていうノンストレスの状態が、逆にストレスになってきて。誰かにちょっと嫌われてるとか、好きな人に全く相手にされへんとか、それぐらいの負荷がないと創作意欲も湧かないし。

 だからいろんなことを時間かけて考えるのがすごい好きですね。むしろ目次だけで、表層だけでどんどん進んでいく会話とかが、 めちゃくちゃしんどいです。「又吉さん、休み何してるんですか」。本読んでて、その本の話に入っていきたいのに、「読書されてるんですね。体を動かしたりするんですか」。散歩してて、こういう風に歩いてるとか言いたいのに、「散歩もされて読書もされて。仲いい人とかいるんですか」。ちょっと待って、なんもしゃべってへん。

村上:(笑)

又吉:僕それ、すごいしんどいんですよ。ストレス溜まって、そういう仕事した後、学生時代に戻ったみたいになって、僕、こういう会話が無理で誰ともしゃべらんようになった時期があったんやって。「もうええわ、意味ないこんなん」って思って。それよりは「何回同じこと言うねん!」って相手にストレスを与えるくらい同じ話したいんです。だからエッセーや小説とかは向いてるかもしれないですね。

失われゆく東京を、俳句に残す

 又吉さんと村上さんが共に舞台に立ち、「しゃべるきっかけになった」と話す、東京都練馬区の「としまえん」。1926(大正15)年に開業し、100年近い歴史を誇る老舗遊園地ですが、2020年8月31日に閉園します。まだ駆け出しの2人が夏休みの子どもたちに笑いを届けた思い出を、俳句にしてもらいました。

《又吉直樹さん3句》
夏逝くや海賊船の会社員
ああついい回る木馬や豊島園
夏帽子預けたままの豊島園

《村上健志さん3句》
八月やわざとぶつけるゴーカート
不人気のアトラクションの片かげり
としまえんのロゴの太さや夏の空

又吉さん、村上さんが「としまえん」や「神戸らんぷ亭」など東京の思い出を語る【前編】はこちら

【俳句修行は次回に続きます!】