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フルポン村上の俳句修行 星野高士さん「俳句に終わりはない」

 8月30日午後6時、東京・赤坂の裏路地の、ビルの合間にひっそりとたたずむ小料理屋の離れを訪れた村上さん。木目調の店内にはあたたかな灯がともり、開け放したドアからは心地いい風が入ってきます。

 句会「風の会」は1999年、「俳句界に新しい風を起こしてほしい」という星野高士さんの檄とともに始まりました。星野さんは高浜虚子のひ孫で結社「玉藻」の主宰、現在の「NHK俳句」の選者としても知られています。メンバーには伝説のコピーライターや芸能事務所の社長など、いわゆる業界人がずらりと名を連ねます。「僕は月に二十数回句会をやっているんですが、この会はクリエイティブな人が多い。俳句でそれがどこまで通じるかっていうのをいつも楽しんでいるし、いろんな目線を通して新しい世界を味わっています」

星野高士さん

兼題は「秋めく」「流星」

 兼題は「秋めく」「流星」と当季雑詠で、そのほかに当日、星野さんが席題を出します。この日は乃木坂から歩いてきた道すがら、雰囲気で決めたという「志」でした。「志」の字を詠み込んだ句を追加して、村上さんが提出したのは以下の5句でした。

流星や人のギターに少し触れ
冷やかな台に残りし打ち粉の輪
詩の棚に隠れ屁を放く秋の昼
秋めくやピザにバジルのうらおもて
落花生志望動機の例調べ

 それぞれ1句ずつ書いた短冊を交ぜて無記名で清書し、その中から特選1句、並選5句を選んでいきます。最高の4点を集めたのは、星野さんの「沖波の沖より尖り秋めける」と、田桐美流さんの「爆心に階段ひとつ流れ星」でした。

益岡茱萸:「流れ星」って軽くもなるし重くもなるし、魂みたいなものを感じることもある。「爆心に階段ひとつ」というところに魂が流れていったような、重めに取って特選にいただきました。

小田桐風々:ウクライナか、どこかは分からないんですけど、「階段ひとつ」っていうのがたぶん長い階段じゃなくて、普通の住居の、道路から家へ行く3つか4つの階段だと思うんです。崩れゆくものと、流れ星っていう時が流れていくもの、その対比がすごく鮮やかでいただきました。

星野:なかなかいいなと思いました。ただ、いま一つつかみきれないところもあったかなと。「爆心に階段ひとつ」が重いので、流れ星という季語と五分五分になっちゃうという気がしたんです。ちょっと引っ張り合っちゃってる。そうするとこれは、流れ星よりも正体のない、もっと軽めの季語がいいんじゃないかと思いました。「秋めく」とか「涼新た」とかね。

ピザのバジルの裏表

 「秋めくは実体が分からないし、流星はロマンチック過ぎてむずかしい」と言っていた村上さんは、「秋めくやピザにバジルのうらおもて」で3点を獲得しました。この句は星野さんの特選にもなりました。「ピザに裏表じゃつまんなくて、バジルに裏表があるのでピザにもあると。裏表を深く追求した句で、それを『秋めく』という心地よさの中で発見できた。夏めくや冬めくだと発見できないし、春めくじゃ付きすぎなので、秋めくだと思います」。星野さんは村上さんの「流星や人のギターに少し触れ」も特選にして、「弦の音と流星の流れ方の取り合わせがよくできていて、流れ星の一瞬の時間を止めた」と評しました。

 その村上さんが特選にしたのは、吉田林檎さんの席題句「秋果盛り母にも告げん志」でした。

村上:これたぶん、あいさつ句ですよね(笑)。「志」って僕の名前の漢字だし、「秋果」ってフルーツだっていうことで。僕、句会でたまにあいさつ句をいただけるんですけど、なかなか照れて(点を)入れられないんです。けど、これは果物を盛るときに志を告げよう、っていうのがおもしろいなと思って取らせていただきました。

星野:「告げん」ですから、母がここに存在しているのかは分かりません。その志を持って今日は秋果があったという、出来高まで感じます。今日の題の「志」を一字でうまく詠って、母に対する思いが非常に出ていたと思います。

俳句のピークは何度も

 刺し身にムツの西京漬け、万願寺唐辛子の肉詰めなど、気の利いた料理が絶妙のタイミングで運ばれ、お酒も進みます。一通り披講が終わると、星野さんの俳句談義が始まりました。「写生を基本に、そこからどれくらい弾けるかが今の俳句界全体の議題」であること、交通の便が悪い中、句会をするためにたくさんの人が虚子の家を訪れていた頃の「俳人の魂」がすごかったこと――。

 「俳句って終わりがないんです。今日句会が終わったからって、終わらないんです。400年くらいずっと続いてますから。私だって今年70歳ですが、そこからまた先があるわけで、長いスパンで自分のピーク時ってどこなの、って考えるのがまたおもしろい。俳句のピーク時って、1人に何十回もあるんだよね。それに気付くかどうか。そこらへんのおもしろさを今日も感じました」

 最後は、最高点を獲得した星野さんと美流さんが「栄誉賞」として食事代を多く支払いました。勝った人がお金を払うのが、風の会の粋なルール。「村上さん、3点句がいっぱいあったんじゃない?」「(総合点にしたら)個人戦はトップだったかも」とはやされながら、帰路につく村上さん。外はいつしか、雨が降り出していました。(おわり)