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フルポン村上の俳句修行 俳人の坊城俊樹さんと、墓地で10句

 8月6日午前11時、村上さんがやってきたのは東京都心にある青山霊園。約26ヘクタールという広大な敷地は豊かな緑に包まれ、春には桜並木が花見客を誘います。また大久保利通、乃木希典、吉田茂ら、明治以降の多くの著名人が眠っていることでも知られています。

土佐犬の散歩コースの墓地涼し
花立の枯れ鬼灯の繊維かな
村上健志

 待ち合わせをしたのは俳人の坊城俊樹さん。俳句界の巨人・高浜虚子のひ孫で、2011年に母・中子さんを継いで結社「花鳥」の主宰を務めています。昨年亡くなった中子さんも眠る墓が青山霊園にあり、お参りを兼ねて毎年、吟行句会をしているとのこと。神式で先祖へあいさつを済ませると、近くにある大久保利通、志賀直哉、斎藤茂吉の墓へ案内してくれました。亀があしらわれた大久保の巨大な墓の裏手には、大久保と同時に暗殺された御者の中村太郎と、同じく殺された馬の墓が寄り添うように建ち、村上さんも興味深そうに見入ります。

墓参りもうすぐ俺もと笑いつつ
夏シャツの柏手慣れていて響く
万緑や大久保利通の馬の墓
緑陰に並ぶ志賀家の墓に柵
涼しさや茂吉の墓のがらんどう
村上健志

 青山墓地には、外国人を埋葬した一角もあります。十字架に独特の飾りをあしらったもの、棺のような「寝墓」など、形はさまざま。曇り空で、8月にしてはやや過ごしやすい日の中を歩きながら、異国の地に没した人々に思いをはせます。「茂吉のお墓はすごく質素で、イザベラさんのお墓には時計草の装飾があって、同じ墓地に全然違うお墓がありますね」と村上さんが言えば、坊城さんも「シスターとかマザーのお墓ですから、ずっと異国に来て奉仕をしてきた人たちだと思うんです。そういう人たちの無念というか、寂しさがありますね」と話します。

夏蝶の饒舌に来て墓黙す
お棺そのものを横たへ朱夏の墓
殉教の墓へマリアの小鳥来る
坊城俊樹

宣教師の墓に隷書よ夏の空
蔦青し青山墓地の寝墓かな
十字架の墓石の装飾を蟻
村上健志

10句出しのハードル

 近くのそば屋で昼食をとった後、午後1時半から句会が始まりました。メンバーは、坊城さんが「極めて親衛隊に近い」と語る「零の会」の18人(ほか欠席投句2人)。1998年に出版した句集『零』にちなんで名づけられた句会で、「日月星辰、森羅万象を俳句にする」という「花鳥」の哲学を実践しつつ、独自の伝統俳句を追求することを目指しています。10句提出という、吟行句会としては高いハードルでしたが、なんとか数をそろえた村上さんはホッとした様子でした。

 全員の句が出そろったところで、清書した紙を順に見ていき、計200句の中から特選と並選の計7句を選んでいきます。参加者に人気だったのは以下の句でした。

異国なる地下に眠りて百合の墓 坊城俊樹
練兵の靴音となる蟬時雨 松井秋尚
鶏頭の墓守として枯るるまで 平山きみよ
ひとりつ子墓を洗へば老ゆるなり 斎藤いづみ
冥界の番地を探す蟬しぐれ 田丸千種
走り根の隆々として槙涼し 村山要
出目金を育て石屋の金庫番 竹内はるか

 坊城さんの「異国なる地下に眠りて百合の墓」は、村上さん、副主宰の岡田順子さんがともに特選に選びました。「外人墓地でお作りになったと思いますけど、異国の人が日本で亡くなってしまって。百合は聖書の中にも出てきますので、白い花の静かなたたずまいをこの句の中に寄せてお詠みになっている」と岡田さん。平山きみよさんの「鶏頭の墓守として枯るるまで」は坊城さんの特選に。「供花であったと思うんですけど、それが鶏頭の若干の朱を残していた。それを墓守と言った。枯れた鶏頭すら死者なのに、墓を守っているというのは一つの大きな飛躍だと思います」と激賞されていました。

可能性の感じられる「▲」

 零の会がユニークなのは、特選と並選以外に「▲」選があること。坊城さんいわく「おりこうさんの句ばかりではつまらない」から、まとまっていないけれど気になった句、可能性の感じられる句を「▲」として、参加者がそれぞれ1句ずつ選んでいます。「案外、俳句はそういうところからいいものが生まれるものなんですよ。だから▲になる方がうれしいんです」

 この日、多くの▲票(?)を集めたのは、平山きみよさんの「働きたくない蟻もいてええじやないか」でした。

上嶋真理子:よくできるところ、真ん中のところ、なにもやらないところ。どんな集団にしても、2割は「なにもやらないところ」ができちゃうらしいんですね。どんなに優秀な大学でも、なんでも。働き蟻にしたって、2割くらいはサボってるかなって感じまして、おもしろいことを言われるなと。
坊城:上嶋さんは元先生でしたよね? やっぱり2割は落第生います?
上嶋:どうしてか知らないけど、休んじゃうんですね、きっと。同じ集団に入っちゃうと。
坊城:句会の中でもそうですよね。
一同:(爆笑)

 田丸千種さんの「夏草や怒の字恕の字と相似たる」も▲を獲得した一句。「(怒と恕は)確かに似ているんですけど意味がまったく逆で、お寺とかに行ってこんなことを考えている人もいるんだなと思ったら、力が抜けていいなと思いました」と須川久さん。「夏草の季語がどうか?」というところで▲にしたと言いますが、栗原和子さんは「夏の暑い草いきれの中だと、この二つの似ている字が、まるでめまいのように見えてくるという印象もある」と読みました。

 村上さんはというと、「十字架の墓石の装飾を蟻」の句が、坊城さんの特選になりました。誰の句か分からず取ったという坊城さんは、「十字架の墓石っていう、哀しくて伝統的で荘厳で歴史の長い時間が流れているものの装飾に、現代の蟻がいるというものすごい飛躍。俗っぽい蟻でパンと止めたことで余韻が出た」と評しました。

 たっぷり3時間の句会を終え、感想を聞かれた村上さんは「今まで吟行した神社とか公園だと、見る場所によっていろんな小物があるんですけど、今日はどこもお墓で」と笑いを誘います。「だからって細かいところを見つけて変な句ばかり詠むのも違う。そういうむずかしさはありましたが、句会に出すためというよりは、初めて来た場所でいいものが見られたので楽しめましたし、同じものを見たのにこれだけ違うものが出るのか、というのも勉強になりました」と話して、句会を締めくくりました。

【俳句修行は来月に続きます!】