1. HOME
  2. 書評
  3. 「日本のテレビ・ドキュメンタリー」書評 表現の革新 権力性を自己批判

「日本のテレビ・ドキュメンタリー」書評 表現の革新 権力性を自己批判

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月29日
日本のテレビ・ドキュメンタリー 著者:丹羽美之 出版社:東京大学出版会 ジャンル:エンタメ・テレビ・タレント

ISBN: 9784130502016
発売⽇: 2020/06/19
サイズ: 20cm/257,10p

日本のテレビ・ドキュメンタリー [著]丹羽美之

 年齢や職業の全く異なる人々に同じ質問をぶつけ、戸惑いや沈黙もほぼノーカットで放送する。荒々しいこの映像、「あなたは…」がテレビで流れたのは54年も前のこと。だが一見単調な構成も、畳みかけるリズムと多くの表情で時代の断面を切り取り、いまなお斬新だ。「あなたはいったい誰ですか」で終わる質問の矢は、制作者の萩元晴彦と村木良彦が視聴者に放ったテレビ論でもある。
 こうした番組は、長らく伝説として業界人の口にのぼるだけだった。近年、テレビ番組のアーカイブが整備され、体系的な検証が進んでいる。これらの企画を中心的に担ってきた著者の蓄積が、一冊となった。
 本書は、日本のドキュメンタリー番組の画期をなす映像を生んだ表現者の列伝と言える。1950年代にNHK「日本の素顔」で草創期を築いた吉田直哉から90年代の是枝裕和まで、どの仕事にも「このひと独自の『署名』」がある。
 その全体が、高度成長やバブル崩壊など戦後史の転換に、表現方法の革新で応えた思想のドキュメントになっている。日本の後進性を外側から告発する初期の定型を打ち破り、テレビの権力性をも自己批判して実験的演出で社会に介入していく。一連の過程は、戦後の啓蒙主義を乗り越えようとするテレビの「68年」を象徴する。大衆社会の「わかりやすさ」を求める声に敗れたこの挑戦は、福岡で撮り続けた木村栄文ら地方局の模索のなかで生き延び、萩元たちが作ったプロダクションの第2世代により、冷戦後に再び捉え返されていく。
 東日本大震災での奔走ぶりに、「ジャーナリズムの再起動」を託して本書は終わる。無論、明るい展望は難しい。しかしマスメディアの現状を見るにつけ、本書を過去の栄光への挽歌(ばんか)とする訳にはいかない。制作者が自問自答の先で突き出した「あなた」への真剣勝負の問いかけに、いまならどう答えられるだろうか。
    ◇
 にわ・よしゆき 1974年生まれ。東京大准教授(メディア研究、ジャーナリズム研究)。元NHKディレクター。