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沖縄の「戦争マラリア」大矢英代さんインタビュー 個を犠牲にし排除、繰り返される歴史

大矢英代さん

 国が国民に「自粛」を要請し、感染者が地域の中でさらしものにされる――。コロナ禍の中で、私たちは様々なひずみを目の当たりにした。75年前に沖縄で起きた「戦争マラリア」の記憶を追ったジャーナリストの大矢英代(はなよ)さんは、今こそ、当時の惨禍から学ぶべきものがあると話す。

 1945年の戦争末期、沖縄南西部の八重山諸島で、旧日本軍による島民の強制疎開が行われた。米軍が上陸した戦闘がなかったにもかかわらず、移住先のジャングル地帯で発生したマラリアにより、3600人以上が命を落とした。

 「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれる「戦争マラリア」を、大矢さんは大学院在学中から取材し続けた。2018年、ジャーナリストの三上智恵さんと共に制作した映画「沖縄スパイ戦史」でこの史実を追及し、同作は文化庁映画賞など数々の賞を受けた。今年2月には10年にわたる取材成果を『沖縄「戦争マラリア」』(あけび書房)として書籍化した。

 軍は島民がマラリアの犠牲になることを承知の上で、アメリカ兵に機密情報を漏らすことのないように疎開を強いたこと。戦況が日に日に悪化するなか、敵に内通するスパイを暴くために憲兵が島民を監視し、また島民同士をも監視させ合ったこと。なすすべもないまま、家族が続々とマラリアに倒れていったこと。軍の猜疑(さいぎ)心がもたらした悲痛な出来事の数々が、生存者たちの口から語られ、明らかになる。

 刊行は、くしくも新型コロナウイルスの感染が拡大する時期と重なった。
 感染者が出たクルーズ船を長期間隔離する。「自粛警察」と称する者たちが、自粛要請に従わないと見なした人々を攻撃する……。大矢さんは「戦争マラリアの根底にあるものが、日本社会ではいま現在も変わっていないということを痛感した」と話す。「国を守るために個を犠牲にし、その流れから外れた異質なものを排除しようとする。権力に従い、他人をつるし上げることで自分が善人になろうとする構造は、戦争マラリアで起きた事態と酷似している」という。

 死ぬと分かっていながら、軍の命令に従った。国民がいてはじめて国があるのに、戦争になるとそんなことも忘れられてしまう――。島民の言葉を、大矢さんは忘れてはならないものとして強調する。非常時にあって、「Go To キャンペーン」などの経済政策を前倒しで進めた政府の姿が重なるからだ。「国民の命よりも優先すべきものがたくさん上積みされていくのが、今の日本の政治なのではないか」

 「戦争マラリアは小さな島の中で起きた戦争のこぼれ話ではない」と、大矢さんは言う。ウイルスにせよスパイにせよ、目に見えない脅威に直面した時に人間が露呈する弱さ。緊急事態において国は必ずしも国民を守らないという事実。現代に通底する問題が浮かび上がる。

 「どのように国民が国の命令に従い、それにあらがえない状況が作られていったのか。当時の作戦や軍が実行したことなどの歴史を知り、いま私たちに起きていることを改めて考える材料にすべきだ」(山本悠理)=朝日新聞2020年9月23日掲載