新型コロナウイルスの感染拡大にともない、今年はさまざまな噂やデマが世界中を飛び交った。どんなに文明が進歩しても、人は噂の魔力に抗しきれないものらしい。今月の怪奇幻想時評では、人を惑わし魅了する「怖い噂」を扱った4冊を紹介しよう。
恩田陸の長編『スキマワラシ』(集英社)の舞台は、再開発が予定されている地方都市。あちこちで古い建物が解体されるなか、工事現場では白いワンピースに麦わら帽子の幽霊少女がたびたび目撃されていた。モノの思念を読み取ることができる主人公・散多は、古道具屋を営む8歳年上の兄・太郎とともに、あるホテルに由来するタイルを探している。タイルが散多に見せる奇妙なビジョンは、いったい何を意味しているのか。いくつもの偶然に導かれ、散多たちは幽霊少女〈スキマワラシ〉とも関わりをもつことになる。
従来の恩田作品同様、各地の風景が呼び覚ます物語をノスタルジックな筆致で綴っているが、人口減少によってスケールダウンしてゆく日本の現状に目を向けている点が新しい。怪談めいた噂によって、失われる景色とこれから生まれてくる景色が交わる。過ぎゆく季節、過ぎゆく時代を噛みしめながら読みたい、大人のための現代ファンタジーである。
新しい噂の担い手になるのは、往々にして若者たちだ。最東対地の『異世怪症候群』(星海社)では、全国の女子中高生の間で昭和60年代製のラジカセがブームとなる。彼女たちはそのレトロなオーディオ機器を使い、〈怪人ラジオ〉と呼ばれる異界のラジオ番組を受信しているらしい。
パーソナリティがリスナーに語りかけるという体裁で書かれた5編の怪異譚。赤色を忌避する村、深夜の高速道路に現れる〈ん〉ナンバーの暴走車、T字カミソリを手に現れる〈カミソリおっさん〉など、作中作にも都市伝説のテイストが濃厚だ。そしてすべての放送を聞き終えた(読み終えた)者には、世にも恐ろしい運命が待ち受けている。著者はこの夏新作を3連続刊行したホラージャンル期待の星。中でもこの『異世怪症候群』は最東ホラーの持ち味が存分に発揮された、凶悪にしてエンタメ度満点の連作集となっている。
心霊現象の調査事務所〈渋谷サイキックリサーチ〉が怪異を解決してゆく、小野不由美のホラーシリーズ「ゴーストハント」全7巻の文庫化が始まった。少女小説として発表されたオリジナル版(「悪霊」シリーズ)から数えると、約30年にわたって読者に支持されてきた不朽の名作である。『ゴーストハント3 乙女ノ祈リ』(角川文庫)で主人公・谷山麻衣たちが訪れるのは、怪異が頻発しているという東京周辺の女子高校。聞き込み調査を進める麻衣は、校内で囁かれる怪談や噂のあまりの多さに困惑する。
外部から隔絶された学校は、噂や都市伝説の温床になりがちだ。この作品では超自然的な世界に惹かれてしまう10代のあやうい心理が、事件の重要なキーとなっている。悲痛な青春ホラーとしても、ロジカルな謎解きを含んだ本格ミステリとしても充実した長編。
朝里樹『世界現代怪異事典』(笠間書院)は、異例のベストセラーとなった『日本現代怪異事典』の著者が、世界の怪異に挑んだ事典。アジア・オセアニア・北アメリカ・南アメリカ・ヨーロッパ・アフリカなど各国の怪異が約800項目にわたって紹介されている。
たとえば台湾の学校には、日本のトイレの花子さんを思わせる〈厠所的女鬼〉が現れ、全米各地では〈空飛ぶエイ〉が目撃されている。ソマリアでは内戦のさなか〈ヘッテンフィア〉という怪物が人々を食い殺した、というから恐ろしい。もっとも充実しているのはヨーロッパの章で、騎士や修道士の幽霊といった古典的な怪談から、あのフレディ・マーキュリーの幽霊目撃談(!)まで、バラエティ豊かな怪異に触れられる。国文学者・一柳廣孝らの特別寄稿も読み応えがあり、怪談&ホラー好きなら必携の書と言えるだろう。若き怪異コレクターの情熱と探求心に、あらためて感嘆させられた。
「都市伝説っていうのは、大衆が感じている無意識の不安が形になったものだと思うんだ。だから、世の中の仕組みとか、人々の習慣なんかが変わる時に出てくることが多い」というのは、『スキマワラシ』の一節。先の見えない時代、これからどんな噂や都市伝説が生まれてくるのだろうか。