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「死神の棋譜」書評 不詰めが詰むか 謎解きに快感

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月03日
死神の棋譜 著者:奥泉光 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103912040
発売⽇: 2020/08/27
サイズ: 20cm/305p

死神の棋譜 [著]奥泉光

 昨今の将棋人気で、将棋を題材にした小説が多く発表されている。ジャンルもミステリーから青春小説までと幅広いが、そこに奥泉光が名乗りを上げた。
 第69期将棋名人戦が行われている2011年5月。元奨励会員の夏尾が神社で矢文を見つけ、将棋会館に持ち込んだ。矢に結ばれていたのは詰将棋。だがどうやっても玉が詰まない「不詰め」だった。
 ところがその後、急に夏尾と連絡がとれなくなる。将棋ライターの北沢は、約20年前にも同じ矢文の詰将棋を持っていた若い棋士が失踪したという話を聞き、真相解明に乗り出した。棋士たちはなぜ、どこへ消えたのか……。
 まず、主要人物は挫折を経験した者ばかりであることが目を引く。プロ棋士養成機関の奨励会を年齢制限で辞めざるをえなかった者や、ここ一番の対局に負けてプロの座を逃した者。夢を断たれた者たちの、それでも盤にしがみつく狂気の駒音が物語の通奏低音だ。
 才能とは何なのか。勝者と敗者の違いは何なのか。すべての勝負事に通じるその残酷なテーマを、奥泉光は虚と実を混ぜ合わせる得意の手法で描き出した。瀬戸際の棋士たちのリアルな懊悩(おうのう)。実名で登場する現役棋士とその対局。かと思えば主人公の眼前でいきなり昭和41年の伝説の名人戦が展開し、昔の中将棋(ちゅうしょうぎ)に似た異形の駒を使う「龍神棋(りゅうじんぎ)」まで登場する。
 幻想と現実、過去と現在が溶け合う中で次第に浮き彫りになっていく勝負師たちの執念に、読みながら絡めとられる気がした。
 失踪を巡るミステリーの顚末にも注目願いたい。幻想小説のように見せながら論理的な謎解きで意外な真相に到達する様には、不詰めに見えた詰将棋が「詰んだ」かのような快感がある。
 時代的に出るはずのない藤井聡太二冠と思(おぼ)しき人物が、意外な形で登場する場面も。将棋ファンはもちろんだが、将棋に疎くても存分に楽しめる一冊だ。
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 おくいずみ・ひかる 1956年生まれ。作家。2014年、『東京自叙伝』で谷崎賞。18年、『雪の階』で毎日出版文化賞。