「少しづつ人を愛する金魚かな」「禁酒して詰まらぬ人として端居」など易しい言葉で、かつ俳句らしい俳句から少し「ずれた」加減がおもしろい西村麒麟さんの俳句。大学で種田山頭火の本を立ち読みしたのをきっかけに俳句を知り、自由律俳句に憧れて作り始めたものの、やがてより伝統的な五七五の世界へと誘われていったといいます。「山頭火とか(尾崎)放哉って、めちゃくちゃな人が書いてるからおもしろいのであって、ふつうの人がポーズで書いても人様に見せられるものにならないんですよね。形だけまねたような中学生の詩みたいな、死ぬまでに必ず焼き捨てようと思ってる初期ノートが僕にはあります(笑)」
俳句を始める前から「短い言葉でかっこいいことを言う」名言集が好きだった、と西村さん。高校生のとき、表紙の絵にひかれてジャケ買いした『ラ・ロシュフコー箴言集 運と気まぐれに支配される人たち』(角川文庫)には、お気に入りの言葉に付けた印が残っています。タイトルもポイントだったそうで、「がんばれば成功するとか好きじゃないんです。運が大事」。そう言って笑いますが、俳句に対する姿勢は努力そのもの。ほぼ毎朝、妻の厚子さんに3つ題を出してもらい、通勤電車の中で句作する日々を送っています。
「同世代とかちょっと上の俳句の友達と比べて、かなり僕は何もできないって意識があって。みんな俳句がなくても生きていけると思うけど、僕はないと困るな、って思ってて。ユーモアがあったり、頭の回転が速かったり、仕事ができたり、みんな魅力がいろいろあるんだけど、僕は俳句を手放したらまずいぞ、って恐怖感がありますね。俳句をやってるからまあまあ友達が相手にしてくれるけど、やってないとただの酒飲んでふらふらしてる人なのかなって。山頭火が俳句やめたら、誰も近寄ってこないと思うんですよね(笑)」
どこかひょうひょうとした空気の西村さんが「自分が萎縮せず、気を遣わないでいい人」を集めて主宰しているのが「白十字句会」です。東京・神保町にあった純喫茶「白十字」で開いていたことに由来しますが、現在は閉店。別の場所に移ったとたんにコロナが流行し、しばらく休んでいましたが、オンラインで再開することになりました。
題を発表して、一斉スタート
ふだんは「恥かくかもしれないし嫌だけど、予想外のものができるから意外と大事」という席題句会(=その場で題を出して詠む句会)ですが、オンラインでは気が散るだろうということで、事前に題を出しつつ、句作の時間を区切ることにしました。9月24日午前9時に題を発表し、36時間後の翌日午後9時に投句締め切り。句会が始まる26日午後8時までに各自で選句を終えます。この一斉スタートのマラソンのような句会に、村上さんも参加させてもらうことにしました。
今回は西村さん、村上さんのほかに安里琉太さん、松本てふこさん、中西亮太さんの計5人が参加。各自が季語と季語以外の2題ずつを出し、10題で10句を作ります。安里さんには「脳トレのために」毎回難題を出してもらっているとのことで、出そろった題は以下の通りでした。
- 西村麒麟さん:月、芸もしくは藝の字を使う事
- 村上健志さん:林檎、石類
- 安里琉太さん:秋興(しゅうきょう)、季語が3つ以上入った句
- 松本てふこさん:梨、駐車場
- 中西亮太さん:鳥渡る、寂
句会では特選1句を含む10句を選び、順に披露していきます。この日最高の、3人の選が入ったのはいずれも西村さんの句で、「踏台の近くに犬や林檎園」「風吹いて馬糞の臭ふ梨の町」でした。
松本:どっちも同じ3人が取ってるのがおもしろいですね(笑)。(「風吹いて馬糞の臭ふ梨の町」は)私、千葉県の松戸市出身なんですけど、梨がよくとれて、ときどき馬糞が匂ってくるようなところもあって、そういう懐かしさを感じさせますね。「町」の字なので、田舎の泥臭い中にある梨っていうアプローチがうまいのと、「風吹いて」っていうのがさりげないのかもしれないですね。
西村:安里くん、「風吹いて」の「て」は気になる?
安里:「馬糞の臭ふ梨の町」の情報量が多いから、「風吹いて」で一回止めておかないと、読み手は息切れするんじゃないかなと思ったんですね。
村上:「あなたの町、どんな町ですか?」って聞かれてこの俳句があったとしたら、「馬糞が臭う」って決して褒め言葉ではないけど、「なんかいい町かもな」って思わせる何かがあるなーっていうのが好きで選びました。
一同:(笑)
西村:妻の実家が梨の産地、千葉県の白井市で、晴れた乾いた日に、風が吹くと馬糞が臭うんですよ(笑)。
選が分かれた今回、「芸(または藝)」の題は秀句がそろいました。中西さんの「へうたんや使ひまはしの一芸終ふ」は村上さんが特選に。「『使い回しの』なんて自虐する必要なく、一芸があるって誇ればいいことなんですけど、それを自分は使い回している、という少し後ろめたさがあるっていうところにいい寂しさと、芸を何度もやったリアリティーがありました」。その村上さんの「芸」句、「枝豆の殻の塩舐め芸談す」も2人の選に入り好評でした。
中西:芸談っていうと、僕らだったら句会が終わった後に飲み会に行ってしゃべるっていう、どっちかっていうと粗雑な芸談をイメージしていて。枝豆を口に運ぶんだけど目だけはしゃべってる人の方をじっと見てて、口元はずっと動いてる。「枝豆」だからこそ出るおもしろさがあるかなと思っていただきました。
西村:そんなにすごくいい店じゃないと思うんですよね、たぶん。枝豆だし。すごくカッカしながら熱くしゃべってるけど、そんなにたいしたことをしゃべってない。それでまた帰って行くんだろうな、ってちょっと青春の感じもあるのかなと思いました。お仕事の後のイメージですか?
村上:勝手な思い違いかもしれないですけど、僕が参加するので「芸」の字を選んでもらったのかな、というのもあったので、この「芸」をそらすのは違うなと思って、芸人である生活を詠んだ方がいいのかなと。なんの生産性もない話をしながら食べ終わった枝豆の塩っ気だけなめてる時間って、結局それが醍醐味ですよね。
「秋興」「寂」などの難題に苦戦
「秋興」や「季語が3つ以上入った句」「寂」など、むずかしい題にはみな苦戦した様子。「季語が3つ以上入った句」は出題者の努力が報われて、安里さんの「鵯鶲(ひよひたき)日なたの風の冷やかに」が2人の選に。「鵯」と「鶲」がそれぞれ秋と冬の鳥、「冷やか」は秋の季語です。
西村:僕、特選なんですけど、ヒヨドリとヒタキが、風がやや冷たい中にいると。それがとても精神が澄んだような感じがして、風がとても気持ちのいい句として見えたのがいいなと思いました。確かに季語が3つ入ってるんだけど、ごちゃごちゃした感じもしなかったところが不思議だなあと思いました。
中西:僕も、ごく自然に世界観を作り出してるなって気がしてて。あと「ひ」って言葉が連続してる、発音の口やさしい感じ。そういうのもうまく世界観とマッチしてるのかなと思って。すごくうまい句なんじゃないかと思っていただきました。
西村:うまいね、これ。響きもいいし、こういう鳥がいそうだよね。
安里:だいぶこれに時間を割きました(笑)。
「季語が3つ以上入った句」はほかに「秋の月弁慶蟹がテントまで」(西村麒麟)、「糸瓜忌の夜業の窓の月のこと」(松本てふこ)にもそれぞれ2人の選が、そして村上さんの「蟷螂(とうろう)を芒で煽る豊の秋」にも1人の選が入りました。
*糸瓜忌=正岡子規の忌日、豊の秋=五穀の豊かに実った年
松本:「季語3つ」の句の中で、一番派手だなと思いました。「煽る」っていう字も画数が多くて、ダーンと来るし。「豊の秋」のみっしりとした秋の豊穣さみたいなのが伝わってくるところが、なんとなくひかれました。
西村:命たかぶる秋、って感じなのかなと思いました。
村上:僕は一個の物語の中で成立する3つの季語を登場させようと思ったんですよ。そのときに、カマキリをわざと怒らせる遊びがあるじゃないですか。戦闘態勢にしたいってときに、あおり運転の「あおる」イメージで芒をなびかせるっていう。残虐性もあるんだけど、子どもの遊びとして穏やかな秋の光景だなあ、と思って「豊の秋」と。生命力みたいなものと結びつけましたね。
「寂」は、「直接的な感情の言葉をみなさんがどう処理するのか気になった」という中西さんの出題。松本さんが「秋風の寂光院に行くバスは」とうまく詠み込んで、2人の選に入りました。
西村:寂光院って、京都の苔のきれいな静かなところで、バスでいくからぞろぞろ行くのか、一人バスに乗ってるのか、この句からだけでは分からないんですが、どちらにしても気分のよい句だなと思います。あと「の」がうまいなと思いましたね。「や」で切らないところが、最初から最後まで気分が続いてるかなと思いました。
安里:「バス」で体言止めすると、どや顔っていうか、いかにも笑いを取りにいった感じがするんですけど、「は」で流すことで嫌みがなく入ってきました。これから寂光院に行くから、秋風が吹いてるかは分からないんでしょうね。季語に厳しい人は、実際に吹いてないからダメって言う人もいるかなとは思いつつですが。
西村:どこも行けない日々が続くと取りたくなるね。
「秋興」は実体がなく、「秋を積極的に楽しむ心」(村上)、「『水澄む』とか『澄む秋』、あと風とか空気とかそのへんのイメージ。『さわやか』に近いニュアンス」(西村)、「紅葉してるとか、目で見て楽しい景色のニュアンス」(中西)と理解がみな違っていました。そんなそこはかとない言葉の趣を「ぶち壊そう」とした松本さんの意欲作が「秋興のストロングゼロロング缶」。「立派な季語と凶悪な飲み物の組み合わせがおもしろい気がする」と西村さんが笑いつつ、「『秋興』はもう一回挑戦したいね」と締めくくりました。
句会を終えて、村上さんの感想
一つのテーマで俳句をいっぱい作ってると、意外と(発想が)違うところに飛べて、スタンダードなものもトリッキーなものも両方出せたりするんですけど、1題に1句しか出せないから「平凡な句ばっかりにならないか、でも変わり種ばっかりでもな」っていうバランスがむずかしかったです。でも時間が制限されてたから、「作らなきゃ」っていうのでいい集中力が出たかもしれないですね。
句会はみなさん、ふだんからよく一緒にやっているのかなっていう感じがしました。意思の疎通が取れてて、部活みたいな雰囲気がいいなって。知り合いだから、むずかしい題で俳句を絞りだそうっていう遊びができる。要は「すべれる関係」なんですよね。僕もそういう人がいてくれないと、毎回ただ一人で俳句を作ってるんで、誰に聞いていいか分からない。そういうのを調べるアプリがほしいです。
「こっちの季語の方がいいかな」って人に聞くのって、怖いじゃないですか。「お前そんなこともわかんないの」とか「自分で決めろよ」とか言われたらつらいじゃないですか。最終決断がほしいんじゃなくて、話し相手がほしいくらいの気持ちで投げたい。俳句じゃなくてもお笑いの話でも。こっちもマジで聞いてないから、って言える関係を築くのは長くやってないとむずかしいなっていう。今回はいい温度で楽しかったですね。
村上さんの出句10句
・すべり台の減速部に砂月の暈(安里さん選)
・枝豆の殻の塩舐め芸談す(西村さん、中西さん選)
・マイナーな部活のエース林檎齧る(西村さん、中西さん選)
・慰霊碑の黒さに映る秋野かな
・謹呈本封入し終え梨を剥く
・案山子コンクール用臨時駐車場(中西さん、松本さん選)
・秋興や天井触ろうとする子(中西さん選)
・蟷螂を芒で煽る豊の秋(松本さん選)
・逆さまに干されし傘よ鳥渡る(西村さん選)
・秋寂ぶやメトロノームの進路に手