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「戦争と法」書評 国家の「決闘」禁じる9条の意義

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月10日
戦争と法 著者:長谷部恭男 出版社:文藝春秋 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784163912387
発売⽇: 2020/07/30
サイズ: 20cm/223p

戦争と法 [著]長谷部恭男

 「戦争と平和」ではなく「戦争と法」。善としての平和ではなく、対立する複数の善の前提条件としての「法」を、戦争に対置させている。戦争の攻撃目標は、「敵国の社会契約、つまり憲法原理」だという、ルソー『戦争法原理』が基調だ。
 メタ言説としては著者がかねて論じてきた内容だが、それを歴史の重力のなかで語らせたのは山本浩貴による企画の妙。「簡単な事柄であるかのように――憲法9条そのものが立憲主義に反しているとか、だから9条の条文を変えるべきだとか――言い募る人」を念頭に、「簡単でないことを簡単であるかのように語るのは、詐欺の一種です」との発言を引き出している。
 過去の歴史の引用は、現在の隠喩的再記述でもある。ロンドンを急襲した世界最強オランダ軍の占領下で、現国王を排除され権利章典をのまされた1689年の出来事は、反王党派のホイッグ史観により、議会が自主的にオランダから開明的な国王を迎え入れた「名誉革命」と粉飾されてきた。だが、「押しつけられた憲法を受け入れ、堅持することで、イングランド議会は王権の手を縛ることができ」「オランダに似た国」として「宗教的寛容と表現の自由を特徴とする立憲主義的政治体制の確立」に成功した消息は、戦後日本の「八月革命」と憲法体制にとって示唆的である。
 戦争が「地獄」となった第2次大戦後になお、交戦規則に基づいた国家間の「決闘」が可能であることを示したフォークランド紛争は、アルゼンチン版の竹島(独島)をめぐる、イギリスの「薄氷」を踏む勝利であり、サッチャー首相の脳裡(のうり)には核攻撃の選択肢があった。そこから朝鮮戦争に向かう行論には北東アジア情勢の現在が念頭にある。
 「帝国」アメリカによる対テロ戦争やドローン・サイバー攻撃の21世紀に、「『決闘』としての戦争」を禁ずる憲法9条の意義を再確認した本書は、憲法学者ならではの軍事研究の試みだ。
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はせべ・やすお 1956年生まれ。早稲田大教授、日本公法学会理事長。著書に『憲法の理性』『憲法講話』など。