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「地下世界をめぐる冒険」書評 方向なき空間で自分と向き合う

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月17日
地下世界をめぐる冒険 闇に隠された人類史 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) 著者:ウィル・ハント 出版社:亜紀書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784750516592
発売⽇: 2020/08/26
サイズ: 19cm/293p

地下世界をめぐる冒険 闇に隠された人類史 [著]ウィル・ハント

 洞窟や地下世界に惹(ひ)かれるのは怪しい世界だからだ。見えないものは怪しいのである。地下世界は地獄を指し、「隠す」「見えない」という意味では冥界や死者の国であり、子宮でもあった。著者はそんな地下世界に取りつかれた現実逃避型人間である。洞窟、地下納骨堂、下水道、そんな方向のない世界で自分と向き合う。
 フランスの小村である男が自殺目的で農場のトンネルに入って行って、中で行方不明になったが34日後、奇跡的に助けられた。
 幽霊のように青白い骸骨さながらで生きていた。方向なき暗闇の世界に閉じ込められた男は肉体から離脱したような瞑想(めいそう)的神秘体験によって、帰還後、生きる意欲を得た。
 ニューヨークの地下鉄の壁にグラフィティアートを描くREVSは誰にも読まれない自伝を地下鉄の壁に独特のレタリングで書き続けてきた。REVSは如何(いか)なる人間か誰も知らない。彼を捜し始めて10年後に著者は彼に会うことに成功。書く目的を訊(き)くと、「使命があった」と一言。しかしこの時点で彼の作品は何者かの手によって煉瓦(れんが)で封印されていた。彼は自作を否定したのか? 謎が残る。
 著者の探検した地下世界は、まだ地上のほんの薄い皮膚の一部で、ジュール・ベルヌの地下世界にはほど遠く、肉体的範疇(はんちゅう)から出ていない。地球空洞世界も言及されているが、おとぎ話としてそれ以上踏み込まない。地球物理学が地球の真実を解明し尽くしてはいないはずだ。われわれの人体の内部に宇宙を内包しているように、地球の内部に空洞宇宙が存在していても決して不思議ではない。
 地球空洞を目前にして、いいところまできていながら、一歩が踏み出せず、再び地表の地下に戻ってしまうのは彼の唯物主義的な理性が、地球空洞をファンタジーとして彼の内部に封印してしまったのかな? せめて物質世界の限界を超越してもらいたかったけど。
    ◇
 Will Hunt 1984年生まれ。ノンフィクション作家。ニューヨーク大パブリックナレッジ研究所客員研究員。