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「つくられた格差」書評 富裕層の税逃れがむしばむ米国

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2020年11月07日
つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等 著者:ガブリエル・ズックマン 出版社:光文社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784334962432
発売⽇: 2020/09/17
サイズ: 19cm/297p

つくられた格差 不公正税制が生んだ所得の不平等 [著]エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン

 米国のトランプ大統領には、税金をろくに納めていないという疑いがついて回る。本書は、そのことを指摘されたトランプ氏が「それは私が賢いからだ」と答えた場面から書き起こし、この「富裕層の租税回避」の行動と論理こそが米国を深くむしばみ、格差を広げていることを描き出す。
 基礎をなすのは、どの社会階層がどれだけ税金を支払っているかといった地道なデータ分析だ。富裕層だけ税率が低いという米国の現実が、まず示される。
 所得税の累進性は80年代のレーガン政権下で大幅に弱められた。政治思潮の変化もあるが、それだけではバイデン氏を含む民主党議員も当時こぞって賛成したことが説明しにくい。
 そこで本書は「負のスパイラル」の存在を指摘する。「まずは租税回避が爆発的に増え、次いで政府が富裕層への課税は無理だとあきらめ、その税率を引き下げる」。当時は共同事業への出資を悪用した税逃れの手法が横行していた。
 悪循環は続く。グローバル化と「租税回避産業」の隆盛の下で、企業はバミューダ諸島のようなタックスヘイブンへの利益移転を増やした。それが、各国が競って法人税率を下げる「底辺への競争」に結びつく。
 この競争を正当化したのは、〝法人税を含む資本への課税を減らせば投資が増える〟という通説だ。だが、その主張は実証的には支持できず、むしろ富裕層の税逃れの抜け穴になり、累進所得税の崩壊につながる危険性が大きいという。
 したがって法人税には国際的な最低基準を設け、各国はインフラや研究教育の充実で企業をひきつける「頂点への競争」に転換すべきだというのが著者らの提案だ。それならば社会全体の利益になる。
 後半では「税収確保」の視点を越え、富の集中を防ぐ必要性について踏み込んで論じる。現状の告発にとどまらず、「実現可能なさまざまな未来を具体的に示す」という姿勢が力強い。
    ◇
 Emmanuel Saez 1972年生まれ。▽Gabriel Zucman 1986年生まれ。共にカリフォルニア大バークリー校教授。