「手の倫理」「見えないスポーツ図鑑」書評 触覚で動きを「翻訳」する新しさ
ISBN: 9784065213537
発売⽇: 2020/10/09
サイズ: 19cm/214p
ISBN: 9784794971920
発売⽇: 2020/10/13
サイズ: 19cm/307p
手の倫理 [著]伊藤亜紗/見えないスポーツ図鑑 伊藤亜紗、渡邊淳司、林阿希子
本年度のサントリー学芸賞を受賞することになったばかりの伊藤亜紗は、これまでにも『どもる体』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『記憶する体』といった本を次々に送り出し、主に障碍(しょうがい)を持った当事者をめぐって彼らはどんな世界に生きているかを見事に外部に伝えてきた。
そこで媒介になるのはタイトルにも多いように「体」で、頭でだけ理解しようとすると相手の生活の中にある豊かな差異を、我々は見失ってしまう。
今回の『手の倫理』でも、伊藤は「さわる」「ふれる」という感覚の違いに敏感であるべきだと述べる。前者には対象を物のように扱う態度が関係し、ケアの現場などでは逆に後者が優先されるべき言葉だ。
特にコロナ禍の現在、我々の考えるべき最重要項目は「ふれる」であり、密を避けるとは「ふれない」社会の形成で、そのコミュニケーション不全はやがて世界全体を覆うほどの副作用を生むはずである。
ではそもそも「ふれる」と人はどうなるのか、「ふれる」ことそのものに潜む意味はなんだろうか。それを今回は介助やスポーツや看取(みと
)ることに幅を広げて伊藤は考え、いつものように目の覚めるような具体例を提示してくれる。
後半、伊藤が他の研究者たちと〝目の見えない人にスポーツを「翻訳」する〟という試みが紹介される。例えば柔道なら座って手ぬぐいを握ってもらい、両端を二人の「翻訳者」が握って、各々(おのおの)がビデオを観ながら割り当てられた実際の対戦者の動きを真似(まね)る。
すると言葉で説明出来なかった柔道の力の変化が触覚によってまざまざと伝わり、そもそも「柔道とは何か」という問題にもひとつの答えが出てしまう。
その目からウロコの実験をまとめたのが『見えないスポーツ図鑑』で、様々なスポーツの専門家を交えて行った「翻訳」の写真入り記録は完全に新しい学問のジャンルを形成している。
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いとう・あさ 美学者。▽わたなべ・じゅんじ 触覚情報学の専門家。▽はやし・あきこ 人間中心設計の専門家。