「フーコーの風向き」書評 「法・戦争・経済の相克」に説明力
ISBN: 9784791773039
発売⽇: 2020/08/27
サイズ: 20cm/391,30p
フーコーの風向き 近代国家の系譜学 [著]重田園江
国民の生命、自由及び幸福追求を口実に、介入様式は自在に変化する。現在の統治のかたちには、治者と被治者の双方が切実に必要とした感染症対策という「生政治」を媒介として、成立した経緯がある。新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)により、それが再度変容を余儀なくされるなか上梓(じょうし)される、時代の「風向きを計るのがうまい思想家」ミシェル・フーコー論。著者にすれば、半生を賭けた研究の真価が問われる想いだろう。
フーコーは、主権・規律・統治という「三つの相異なる権力形態、権力行使の方法を示し、三者の系譜とその相互関係を見ることで近・現代国家社会を捉え直」した。そこでいう権力とは、人と人との「諸関係の束」だ。個人であれ国家であれ「所有者」から切断された「実践」の次元で語られるが故に、そうした諸実践の関係の網目に棲みついた「知の編成」を伴う。
フーコー権力論の重心は、「法的な言説の場」としての「主権」や、その外部にあって、零(こぼ)れ落ちた社会秩序の問題を「規律」する非主権的権力から、かかる「生権力」と「自己への配慮」とをつなぐ「統治性」に移動する。個々人の行為を「特定の方向に導く方法・型」としての全体秩序のことだ。フーコー講義録が公刊される以前から、録音テープを起こして遂行された著者の統治性研究は、流石(さすが)に圧巻である。
そうした転回の背後に、著者は、哲学的法学的な「法と主権の言説」と、歴史的政治的な「戦争と血と暴力の言説」と、「『交換する人』の経済言説」という、三つの互いに相容(あいい)れない対抗言説が、知の編成をめぐり相剋する様を読みとる。アメリカ大統領選をはじめ内外の政治言説をみるにつけ、それだけでも説明能力の高い整理だが、著者は、法学を含む隣接諸学に越境して、裏をとる努力を怠らない。その結果として、学際的対話の回路をも拓いている。こうした姿勢が本書の触発力の源泉であろう。
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おもだ・そのえ 1968年生まれ。明治大教授(現代思想・政治思想史)。著書に『隔たりと政治』など。