暮らしやもがく姿、政治に届け
「海に土をいれたら、魚は死む? ヤドカリは死む?」。上間さんに幼い娘が尋ねる。「アリエルの王国」と題されたエッセーの一節だ。この文章は、18年末、辺野古の海に土砂が投入された日にフェイスブックに投稿した文章がもとになっている。当時、上間さんは原稿が書けなくなっていた。「沖縄じゅうが傷ついていたと思う。そして、他のところは黙っている、みたいな構図を見せられた」
上間さんにとって、書くこととは、何かを変えたくて、届けたくてするものだった。しかし、その実感を持てなかった。
そこに、『裸足で逃げる』の編集者でもある柴山浩紀さんが「今必要なのは、友達に向けて書いているようなことを書いてみることではないか」と声をかけた。こうして、娘の問いにこたえるように、「アリエルの王国」が生まれた。本書に収められた12の文章のうち、最後から2番目に配されているが、書かれたのは最初だった。
少女たちの話を丁寧に聞いていた上間さんが、自分のことをつづる。ムーチー(鬼餅)やおにぎりが大好きな娘との暮らし。意地悪だった祖母が優しい声で祖父を送り出した海。貧困と暴力の中で生きてきた若者たち……。研究での聞き取りや観察で養われたであろう耳と目で、わずかなニュアンスまで拾いあげる。個人的なエピソードだからこそ、その生活や海が破壊されることの意味が迫ってくる。
今作の伴走者が小さな娘だったことも重要だ。「シビアな話だけど、子どもがいると楽しくなる。突拍子もないやり方で世界を認識しようとする」。同時に、次世代に世界をどう手渡すか、ということでもある。
上間さんの母は、辺野古で抗議活動をする人たちに食事を提供している。「一切妥協せずに、次世代につないでいる。もがいているだけだけど、もがいていないといけない感じがする」
この本を通じて「本土に届けること」は、上間さんが次世代につなぐやり方の一つだろう。その重さを受け取ることから始めたい。
「現実」を多様な視点で 「地元を生きる」
『海をあげる』には、恋人に援助交際をさせながら数千万円以上稼いだという男性へのインタビューが収められている。その女性側への聞き取り調査が収録されているのが、同時期に刊行された『地元を生きる』(ナカニシヤ出版)だ。
同書は、岸政彦さん、打越正行さん、上原健太郎さんとの共著。いずれも近年、沖縄でフィールドワークをしている社会学者だ。琉球大や本土の名門大学を出て教員や大企業の社員になった人の生活史(岸さん)や、地域社会からも排除されてしまった集団の過酷な生活(打越さん)などを対象とし、階層という視点から沖縄社会の多様さを示している。
岸さんは序文で「沖縄的共同体に対するロマンティックで植民地主義的なイメージが、基地や貧困とどのように結びついているかを、日本人自身が理解するための、ささやかな、ほんとうに小さな一歩でもある」としている。(滝沢文那)=朝日新聞2020年12月9日掲載