100m走という最もシンプルかつ深遠な競技に憑(つ)かれた者たちの姿を活写した前作『ひゃくえむ。』に続き、今作で描かれるのは真理の美しさに憑かれた人々だ。
舞台は15世紀ヨーロッパ。〈C教〉に背く異端思想への弾圧は苛烈(かれつ)を極める。そんな時代を要領よく合理的に生き抜こうとする秀才少年が、異端の研究者に出会う。その男が唱えるのは地動説。それは天文好きの少年にとってさえ想像外の異説だったが、計算によって導かれた宇宙モデルは天動説のそれよりはるかに合理的で美しかった。
その瞬間の感動が少年を衝(つ)き動かす。禁忌を犯してでも真理に迫りたい。平穏な人生の選択としては正しくない。が、「不正解は無意味を意味しない」と彼は言う。無数のトライ&エラーが科学を発展させてきたことを思えば、それこそ科学的態度だろう。
前作同様、熱量の高いセリフがグサグサ刺さる。なかでも、投獄された少年と異端審問官との対話は鳥肌もの。メリハリの効いたコマ割りと演出は生理的快感を呼ぶ。
権力側が異端と見なした者を排除し科学や知性を軽んじる状況は、21世紀の今もなお存在する。しかし、それでも地球は回っているのだ。=朝日新聞2020年12月19日掲載