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2020年ホラーワールド回顧 リバイバル企画、大豊作の1年

文:朝宮運河

 新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年は、SFやホラーがこれまで“最悪の状況”として描いてきたものが、次々と現実化した年だった。世界的パンデミックが露わにした社会のもろさや人間心理の危うさは、今後さまざまな形でフィクションにフィードバックされてゆくだろう。コロナ以降の怪奇幻想譚がどんな姿を取るのか、注視していきたいと思う。

「幻想と怪奇」「異形コレクション」復活

 さて2020年の怪奇幻想文学シーンをふり返ってみよう。今年のキーワードは“リバイバル”。往年のファンを熱中させた作品・作家や媒体が、令和スタイルでよみがえり新たなファンを獲得する、という動きが目立った。

 その代表は、かつて紀田順一郎・荒俣宏の両氏が手がけ、約45年前に休刊した伝説の雑誌『幻想と怪奇』の復活だろう。2月に刊行された『幻想と怪奇1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會』(新紀元社)以来、順調な刊行ペースを保っており、海外の優れた作品に雑誌で出会う、という楽しみを味わわせてくれる。内容の充実ぶりも申し分ない。

 11月には約9年間休眠していた井上雅彦編纂の書き下ろしアンソロジー「異形コレクション」がリスタート。『ダーク・ロマンス 異形コレクションXLIX』(光文社文庫)、『蠱惑の本 異形コレクションL』(同)が2か月連続刊行され、往年のファンを喜ばせた。日本のホラーを支えてきたレジェンド作家と、櫛木理宇、澤村伊智、伴名練、木犀あこら“異形チルドレン”とも呼ぶべき新世代作家が並ぶ目次だけで、すでにエキサイティング。

 アンソロジストはリバイバルの立役者。特に日下三蔵・東雅夫の両氏は、毎月のように密度の濃いアンソロジーを発表し、埋もれた名作・傑作に光を当ててきた。

 怪談・ホラーを専門とする東雅夫は、明治期の怪談会ドキュメントを復刻した『泉鏡花〈怪談会〉全集』(春陽堂書店)、三島由紀夫の怪奇幻想系作品を集めた『幻想小説とは何か 三島由紀夫怪異小品集』(平凡社ライブラリー)など、日本文学史をホラーサイドから読み替える仕事が目立つ。その中から一冊選ぶなら、平井呈一編の『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』(創元推理文庫)と一対をなす、『日本怪奇実話集 亡者会』(同)だろうか。レアな怪談満載のおそるべき労作。

 一方、SF・ミステリ・時代小説までを守備範囲にする日下三蔵は、「日本SF傑作シリーズ」、「異色短篇傑作選シリーズ」など、複数のシリーズを並行して刊行。山村正夫の歴史綺譚に光を当てた『断頭台/疫病』(竹書房文庫)などを含む後者は、ホラーファンも要注目のシリーズである。おすすめは不穏なエロティック・ミステリ集である戸川昌子『くらげ色の蜜月』(同)。眩暈がするほどの濃密な毒がある。「皆川博子長篇推理コレクション」全4巻(柏書房)も、ミステリの女王の空白期を埋める貴重な仕事だった。

綾辻行人「Another」続編登場

 その他、記憶に残った国内作品をランダムに挙げておこう。竹本健治『狐火の辻』(KADOKAWA)は、この著者らしい不安感に満ちた都市伝説ミステリ。語られない部分が、恐怖を掻き立てる。有栖川有栖『濱地健三郎の幽たる事件簿』(同)は心霊探偵が活躍するシリーズの第2弾、一作ごとに異なる心霊現象とロジックのブレンド具合が楽しい。三津田信三『そこに無い家に呼ばれる』(中央公論新社)と岩城裕明『事故物件7日間監視リポート』(角川ホラー文庫)は今年注目を集めた“物件ホラー”。怖い家という定番のテーマに、両作とも新たなアレンジを加えている。

 澤村伊智『うるはしみにくし あなたのともだち』(双葉社)は、美しさの呪縛を扱った学園ホラー。楳図かずおを例にとるまでもなく、ホラーにおいて美醜は重要なテーマだ。『寝屋川アビゲイル 黒い貌のアイドル』(講談社タイガ)、『KAMINARI』(光文社文庫)、『異世怪症候群』(星海社)と、傾向の異なるホラーを3連続刊行し、存在感をアピールしたのが新鋭・最東対地。救いのない展開をエンタメに昇華しているハンドルさばきがお見事。恒川光太郎『真夜中のたずねびと』(新潮社)は、異世界ファンタジーを得意とする著者が、あえてリアル路線に挑んだ新境地。しかし現実の向こうにあるものが、ストーリーの端々に揺曳する。

 今年一番の話題作といえば、学園ホラーの金字塔『Another』の3年後を描いた綾辻行人『Another2001』(KADOKAWA)だろう。前作と同じ手は使えないという制約の中、新たな恐怖と驚きを生み出すことに成功している。現実的な恐怖が世を覆った今年、あくまで“作り物”の恐怖にこだわったこの大長編に夢中になったことは、忘れがたい読書体験であった。

幻想文学も豊かな収穫

 幻想文学系では、西崎憲の短編集『未知の鳥類がやってくるまで』(筑摩書房)が大収穫。「行列(プロセッション)」「箱」など、心の奥底に冷たい指で触れてくるような10編。ここまでハイレベルな短編集はそうそう読めない。

 不穏でキュートな世界が広がる世界が広がる藤野可織の短編集『来世の記憶』(KADOKAWA)、迷宮的構造をもった石川宗生の『ホテル・アルカディア』(集英社)、異様な生態系と言語感覚に圧倒される酉島伝法『オクトローグ 酉島伝法作品集成』(早川書房)なども、オリジナリティを追求しており印象に残った。高原英理『観念結晶大系』(書肆侃侃房)は幻想文学の旗手が20余年を費やした、彼方への憧憬にあふれた幻想小説。硬質な文体でロマンティシズムを追求した傑作である。

 海外作品では、ラヴクラフトの世界をアフリカ系アメリカ人の立場で語り直したヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳、東宣出版)、怪奇短編の名手M・R・ジェイムズの影響が大きいA・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』(羽田詩津子訳、国書刊行会)、変幻自在の語り口が楽しめたスティーヴン・キングの短編集「わるい夢たちのバザール」全2巻(風間賢二、白石朗訳、文春文庫)を特に面白く読んだ。

2020年必読の10冊

  • 『幻想と怪奇3 平井呈一と西洋怪談の愉しみ』
  • 井上雅彦監修『ダーク・ロマンス 異形コレクションXLIX』
  • 東雅夫編『日本怪奇実話集 亡者会』
  • 戸川昌子著、日下三蔵編『くらげ色の蜜月』
  • 澤村伊智『うるはしみにくし あなたのともだち』
  • 恒川光太郎『真夜中のたずねびと』
  • 綾辻行人『Another2001』
  • 西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』
  • 高原英理『観念結晶大系』
  • ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』