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「苦学と立身と図書館」書評 公共の場から受験の勉強空間へ

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月09日
苦学と立身と図書館 パブリック・ライブラリーと近代日本 著者:伊東 達也 出版社:青弓社 ジャンル:教育・学習参考書

ISBN: 9784787200747
発売⽇: 2020/10/26
サイズ: 19cm/262p

苦学と立身と図書館 パブリック・ライブラリーと近代日本 [著]伊東達也

 「みんな脇目もふらず一心不乱に勉強してゐる様子だった。白鉢巻(はちまき)などしてゐるのも何人かゐた。受験生が圧倒的に多いらしかった。(中略)誰の目にもつく所の壁に、小さな字を一ぱいに書き込んだ短冊型の紙が何枚かぶら下がってゐる。(中略)それは来館者同士がおたがひに問題を提出し合ったり、解答し合ったりしてゐるのだった。」
 これは本書で引用されている、図書館内の様子を描いた1919年刊の文章の一部である。明治から大正にかけての日本の図書館は、資格試験や入学試験の合格を目指して学習する受験生たちが利用者の中で多くを占める「勉強空間」と化していた。それは、維新直後の岩倉使節団がアメリカで目撃した、地域社会のすべての人々に開かれたものとしてのパブリック・ライブラリーとはずれてゆく図書館の姿だった。
 本書は、こうした「勉強空間」としての日本の図書館が成立してゆく背景を、その原型としての江戸期の「文庫」、アメリカから日本への導入過程、試験の合格を目指す人々が増加してゆく時代状況、併存していた「貸本屋」、建築としての特徴など、多角的な観点から論じている。
 太い筋となるのは、アメリカでも存在していた「学校教育を補完する」図書館という役割が、地位上昇を目指す若者たちの中で肥大化してゆくプロセスである。図書館には講義録や受験問題集なども所蔵されており、また閉架制で貸し出し禁止の場合も多かったことから、借りた書籍を使って閲覧室で「勉強」することは合理的な戦略だった。そのために閲覧室は可能な限り大きく設計されていた。異様にも感じられる冒頭の引用は、数々の条件に支えられていたのだ。
 なお、私は図書館で勉強することはあまり好きではない。何か圧迫のようなものを感じるからだ。本書を読んで、その歴史的淵源(えんげん)をのぞき見ることができたように思ったのである。
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 いとう・たつや 1965年生まれ。山口大講師(図書館学、日本教育史)。共著に『読書と図書館』。