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塩田武士原作の映画「騙し絵の牙」に出演の宮沢氷魚さんインタビュー 「絶対」を信じて一生懸命に

文:根津香菜子、写真:篠塚ようこ

大泉洋さんの表情にドキッ

――私は試写を拝見してから原作を読んだのですが、登場人物や人間関係など映画とは異なるところが多くて、まずそこで「騙された!」と思いましたが、宮沢さんは原作を読んでいかがでしたか。

 今回のお話をいただいてまず脚本を読んだ後に「この作品はどういうバックグラウンドなんだろう」と思って原作を読んだのですが、自分が演じた矢代が出てこないので、僕も「あ!」と思いました。そこで「映画では色々と変えていくんだ」という印象を持ちましたね。もちろん原作には原作の良さがあって、大泉さんをあてがきしたことで「速水」という名前が出てくるのと同時に大泉さんの顔が浮かんでくるので、場面が想像しやすくて読みやすかったですね。原作には登場していない人物が出てきたり、それぞれの関係性が違ったりしていますが、映像化したことでより分かりやすく多くの方に届く作品になったと思っています。

――原作は、塩田武士さんが大泉洋さんを主人公にあてがきする、というおもしろい試みで描かれていますが、大泉さんと共演された印象を教えてください。

 今回初めて共演させていただいたのですが、大泉さんは表情の変化がすごくある方だなと思いました。ちょっとした表情の変化で、すごく明るい陽の光を浴びている瞬間もあれば、急に影のある「ちょっと怖い速水さん」になる瞬間もあって。何かを企んでいる瞬間というのを、大泉さんはセリフや行動で見せるのではなく、ささいな表情の変化で表現をされているんです。僕はそれを間近で見ていて、ドキッとするというか、ちょっと恐怖すら感じる瞬間があったんですよね。それは大泉さんをあてがきした作品ということもあると思うのですが、根本的にそういう一面もご本人にあるんだろうな、なんてことも想像しながら近くでお芝居させてもらって、刺激がたくさんありました。

――今作で演じられた「矢代聖」は原作には登場しないキャラクターでしたが、この役のやりがいはどんなところに感じられましたか?

 自分が演じる人物が原作に登場するとしないとで、演じやすい場合と演じにくい場合があると思うんです。例えば原作に矢代が登場していた場合、読者の方は彼のイメージができていて、それを映像に照らし合わせるとそれぞれの持つ矢代のイメージが違う可能性もありますよね。今回は原作では登場していない役だったので、極端に言ってしまえば自分の作りたいように作れる人物でもあり、役作りのしがいはありました。自分が思った「矢代聖」を一から作ることが出来たので、すごく楽しかったです。

©2021「騙し絵の牙」製作委員会

自分自身が強くなれる作品に

――個性豊かな登場人物達を、これまた豪華な役者さん方が演じられていますが、その中に参加された経験は宮沢さんにとって、どんなものになりましたか?

 僕は撮影当時20代前半だったのですが、こんなに豪華な出演者の皆さんとご一緒できることは中々ないですし、今後あるかないかくらいの経験をさせていただいたと思っています。矢代が記者会見をするシーンがあるのですが、僕の隣には「薫風社」常務役の佐野(史郎)さんがいて、近くに木村(佳乃)さん、そして大泉さんと松岡(茉優)さんが見ているという中一人で話すんですけど、あの時の緊張感というのは他の現場ではあまり体験できないものがありましたね。この撮影が終わってからも他の仕事でプレッシャーを感じることがある時には、あのシーンのことを思い出せば何でも出来ちゃいそうな気持ちになるんですよ。今後の役者人生で自分自身が強くなれる作品になりました。

――速水編集長に見いだされたモデルの城島咲(池田エライザ)がある事件に巻き込まれたのを機に、これまでポーカーフェイスだった矢代の感情の揺れが見受けられましたが、感情をあまり出さない役を演じるのは難しそうに思うのですが。

 ある意味、ポーカーフェイスの方が楽と言えば楽なんですよね。内側で感じていることや考えていることはまた別として、「この人、何を考えているんだろう?」と分からない人は演じていてとても楽しいです。僕は瞳の色が茶色いのですが、それが「ミステリアスだね」と言われることがプライベートでも多いんですよ。そういう「普通」とは違ったようなものが出せる部分ではあるので、そこを自分の強みとして持っていてもいいのかなと思っています。

――速水さんの仕事のやり方や進め方には賛否あるかもしれませんが、「おもしろければ目玉はいくつあってもいい」といった印象的なセリフもありました。宮沢さんは何か心に残っているセリフはありましたか?

 あるシーンで、速水さんが城島咲に「また書きましょうよ」「多分、絶対おもしろいと思います」というようなセリフがすごく印象に残っています。初めて試写を見た時は「こういうことを言うんだ」と思ったんですけど、時間が経ってまた見た時に「あ、この言葉意外と深いな」と思ったんですよね。

 「絶対に」っていう言葉と「多分」というのが矛盾していると思うんですけど、その通りだなと思いました。きっと「絶対」ってこの世の中にそんなに存在しないじゃないですか。でも、その「絶対」というものを信じて僕たちも仕事なり全てにおいて一生懸命やっていると思うんです。「絶対おもしろい」と思っているし言いたいけれど、その「絶対」が理想だとしても、現実は「多分、絶対」になることが多いと思うので、その言葉にとても考えさせられました。

雑誌を通して「今」を発見

――出版・雑誌業界を舞台にした本作ですが、モデルとしてもご活躍されている宮沢さんにとって、雑誌の魅力とはどんなところだと思われますか。

 その時代時代の流行を残すツールであると思っています。今は電子書籍化が進んで、すぐに見ることができるという良いところもありますが、それは「形」として残らないじゃないですか。でも、紙に印刷した瞬間にその雑誌は世の中に絶対に残るわけで、それが20年、30年経って、今のファッションや流行とは全然違っていても、振り返った時にその時と過去がどう進化していったのかを雑誌はすごく鮮明に映してくれる気がしています。どういうベースがあって「今」があるのかということを、雑誌を通して発見することができると言いますか。今現在でも「かっこいい」といわれているものが当時もかっこいいものもあったし、そういうことの証明をしてくれるツールだなと思っています。

――若い人の本や活字離れといわれて久しいですが、宮沢さんは普段読書をされるほうですか。

 昔はよく読んでいたんですけど、最近は出演する作品の原作を読むくらいでそんなに頻繁ではないですね。好きなジャンルはミステリーです。僕は本を読んでいて残りわずかになってくると、早く読み終わらせたくなってしまうんですよ。なので、割と最後の方は適当に読んでしまいがちなのですが、ミステリーの場合はラスト数ページで大どんでん返しがあるじゃないですか。最後にならないと誰が犯人か分からないことが多いので、ミステリーだと最後までしっかり読めるんです。

 僕は本を読み始めると、その日のうちに読み終わりたいので、伸ばしても1、2日くらいで読み切りたいんです。そうしないと、その本に対する気持ちがどんどん薄くなって、気持ちが保てないんです。

ヘアメイク:阿部孝介(traffic)、スタイリスト:秋山貴紀、ニット¥40000・シャツ¥18000・パンツ¥28,000(すべてPS ポール・スミス)/ポール・スミス リミテッド

――私も読み始めたらその日中に読み切りたいので、お気持ちよく分かります。

 そうなんですよ! しおりとかを挟んでおいても、結局次の日になったら忙しくて読めないと、もうずっと触らなくなってしまうんですよね。そうなるとそれまでのことを忘れてしまって、また一から読み直さないといけなくなるので。最近は本屋さんに行ってゆっくり本を選ぶということが出来ていないので、久しぶりにちゃんと読書したいなと思います。

――今日はおススメの一冊をお持ちいただいたそうで!

 今日持ってきたのは、自粛期間中に読んだ『The Great Gatsby(グレート・ギャツビー)』という本です。以前「ミッドナイト・イン・パリ」という映画の中で、この本の著者であるF・スコット・フィッツジェラルドが出てくるシーンがあって、「あれ、この人誰だったっけ?」と思って調べたら、この本を書いた人だったので読んでみたいなと思い購入しました。

 主人公のギャツビーにはずっと愛していた女性がいたのですが、別の男性と結婚してしまう。でもギャツビーは、その人にいつか会えるんじゃないかと思ってお金を貯めて裕福になり、毎晩のようにパーティーを開くんです。かつて愛した女性がいつかパーティーに来てくれるんじゃないかという期待を込めて何十人、何百人とゲストを呼ぶのですが、一向に現れないんです。

 結末を言ってしまうと、ギャツビーが亡くなった後もその彼女は現れず、それまでパーティーに来ていた人たち誰も彼のお葬式に来なかったんです。それを見た時に「結局、彼の最後に自分のところに残ったのは、お金で得たもの以外に何も残らないんだ」と思って。人間も物もそうですけど、もっと深いところでつながりを持っていないと、最後に自分が痛い目に遭うということをすごく認識しましたね。自粛期間中は誰にも会えなくて結構しんどかったので、なおさらこの本の内容がささったというか。「お金じゃなくて、もっと深いところでの人と人の関係性が大切なんだな」と、改めて気づかされました。