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サンキュータツオさん×鈴木絢音さん対談(前編) 私たちは、なぜこんなに国語辞典を愛するのか

対談の後編はこちら:時代によって、版元によって、語釈の違いを味わうのも国語辞典の醍醐味

辞書を入れるために大きなカバンを選んでいる

サンキュータツオ(以下タツオ):はじめまして、ですね。お噂はかねがね伺っております。

鈴木絢音(以下鈴木):はじめまして。ありがとうございます。私もお目にかかるのを楽しみにしていました。今日は、普段使っている国語辞典を持ってきてみました。仕事中も持ち歩くようにしていて。

タツオ:すごい。なかなか重いですよね。

鈴木:そうですね。辞書を入れるためにあえて大きなカバンを選んでいる、という感じです。国語辞典を好きになってまだ5年も経っていないくらいなので、私はまだまだ初心者です。

タツオ:いえいえ、立派です。
僕の場合、辞書との付き合いはかれこれ20年くらいになります。大学院の修士一年の時からなので、辞書好きのなかではわりと遅いほうかもしれません。それこそ、今日鈴木さんが持ってきている集英社国語辞典の編纂(へんさん)を僕の当時の指導教授が担当していました。一年間、ゼミの演習で国語辞典について学んだんです。今週は「語釈」、次の週は「用例」「品詞分類」といったように、毎回テーマを変えて辞書を比較する。最初は「これで一年持つのかな?」と思っていたんですよ。

鈴木:そうですよね(笑)。

タツオ:でも、一年間扱えるくらい色々な要素が詰まった本だし、“最新の学術書”でもあるんだなということをそのときに知ったんです。それから、自分でも買い集めるようになりました。版によって語釈も違うので、何冊も買っては項目ごとに比較して、という楽しみ方を覚えたんですね。

スマホでも言葉を調べられる時代。国語辞典にこだわるのはなぜ?

鈴木:私にとっては、「言葉を調べる」=「国語辞典で調べる」なんです。言葉を調べよう、と思ったときに、最初に手を伸ばすのが国語辞典であり、インターネットで言葉を調べるのは、また別の感覚なんですね。
一冊だけ枕元に置いて、寝る前にちょっと読んだり、パラパラとめくってみたりすることもあります。

タツオ:僕は、いま230冊ほど国語辞典を持っていますが、複数の辞書を持つことにこそ意味があると思っています。一つの言葉をどう説明しているか、どう捉えているのかは一冊だけ読んでいてもわからないんです。辞書は、“相談する友達”みたいな存在です。

「いまこれが気になっているのだけれど、どう思う?」と友達に聞けば、「やめとけよ」と言う人もいるし、「もうちょっと様子をみてみよう」と言う人もいる。一人に依存しすぎてしまうのは良くない。それと同じ感覚ですね。

鈴木:私にとって、辞書は先輩や先生みたいな感覚です。友達や相談相手という感じではまだないのかもしれません。

タツオ:言葉が好きなんですか? それとも活字が好きなの?

鈴木:言葉が好きなんだと思います。

タツオ:先ほど、辞書を好きになったのは5年ほど前からと言っていたけれど、何かきっかけはあったのですか?

鈴木:私は中学二年生で乃木坂46に入り、高校二年のときに上京したのですが、そのタイミングで通信制の高校に切り替えて。それまでは電子辞書を使っていたのですが、「時間もあるし、せっかくだから紙の辞典をひこうかな」と思うようになりました。高校を卒業すると辞書からも少し離れましたが、読書が好きなのですぐに戻りましたね。

ちなみに今日持ってきたのは、私が使っている新明解国語辞典と明鏡国語辞典、そして兄が使っていた集英社国語辞典です。兄が貼った付箋(ふせん)もそのまま。痕跡がありますね。

タツオ:あぁ、これは作っている人たちが報われる。彼らの顔が思い浮かぶわ(笑)。これは喜ぶだろうなぁ。

鈴木:名前のシールも貼ったままです。その頃から気分によって辞書を替えるようになり、「意識して色々な辞典をひいてみよう」と思うようになりました。

タツオ:鈴木さんが持っている明鏡国語辞典の第二版、僕も大好きですね。お兄さんが使っていたという、集英社国語辞典はおそらく第三版だと思うのですが、初版、第二版は横書きに特化した辞典だったんですよ。それが僕にとってはすごく使いやすかったです。

鈴木:横書きで書かれていたことがあったのですね。それは欲しいな。探してみようかな、まだあるのかな。

辞書をひくうえでのマイルールは?

鈴木:早くひこうとは思わないこと、ですかね。それは自分のなかでのルールとしてあります。

タツオ:それはなぜ?

鈴木:小学生のときに初めて辞書を買ってもらったのですが、学校では友達とどちらが早く辞書をひくことができるかを競うこともあって。そこに苦手意識を持ってしまったこともあったので、速さにこだわらず、「時間をかけてひくことを楽しみたい」という思いはあります。

タツオ:それはいいですね。僕の場合は、ひく言葉を決めずに「辞書を読む」ことを大切にしています。電子辞書にしても、ネットにしても、基本的に調べたい言葉があり、検索し、そこに表れた言葉を読むわけじゃないですか。その最短距離の発想というものが、新しい言葉に出合う可能性を削ってしまっている。自分が調べようとしている言葉が辞書のなかでどれくらい大きな言葉なのか、重要な言葉なのか、というのがわからないですよね。

前後にある言葉も読むことで、「こういう言葉もあるんだ」と改めて発見するというか。偶発性やセレンディピティみたいなものも辞書の魅力。後書きや凡例こそが面白い、と感じることもあって、時間があるときにそうしたページを読んだりするのも好きですね。

鈴木さんはどんなときに辞書を引いているのですか?

鈴木:本を読んで知らない言葉に出合った時や寝る前ですね。それから、定期的にブログを書いているので、書きたい言葉を類語辞典で調べたうえでどちらの方向に振るのかを考えることが多いです。

タツオ:表現に特化した辞典もありますよ。

鈴木:持っていないんです。何かおすすめはありますか?

タツオ:明鏡国語辞典も表現についての記述は充実しているし、ベネッセ表現読解国語辞典は表現に特化した辞書で、類語もたくさん載っている。たとえば「心配する」という意味で、どのような類語がほかにあるのかが一覧になっています。

辞書の改訂版は「キャラ変」に近い

タツオ:昨年末には『新明解国語辞典』と『明鏡国語辞典』の改訂版が相次いで出ましたね。

鈴木:はい、私にとっては大きいニュースでしたね。

タツオ:めちゃめちゃ大きなことですね。改訂されるということは、「キャラ変」に近いものがあると思っているので注目しています。

鈴木:なるほど、キャラ変。

2021年1月1日発行の『明鏡国語辞典 第三版』(左)と2020年11月20日発行の『新明解国語辞典 第八版』

タツオ:テレビ版「新世紀エヴァンゲリオン」と「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」くらいの違いがありますね。

鈴木:確かに(笑)。

タツオ:新明解国語辞典第八版もなかなかキャラ変しているな、と感じました。「あれ、この部分は以前よりいい子になったのかな?」なんて思うこともあります。でも、そうしたキャラ変はじつは大事なところだとも思います。

人生経験を積むことで、人も変わっていきますよね。高校生の頃と、社会人になって会ったときとでは印象が違うこともある。国語辞典ではあるけれど、「人」と接する感じなので、「いま新明解はどんな感じなのかな?」という感覚で見ています。その変化を感じるのが楽しい。

鈴木:そうですよね。私も「改訂版が出るなら、買わなきゃ!」という気持ちでした。

(次回「後半」に続く)

新明解国語辞典 第八版特設サイト

明鏡国語辞典 第三版