14日に始まる大河ドラマ「青天を衝(つ)け」は、明治時代の実業家、渋沢栄一が主人公だ。著書「論語と算盤(そろばん)」の題名にあるように論語を愛読した。渋沢はどのように論語を読んだのか。渋沢や中国の古典思想を研究する作家の守屋淳さんに聞いた。
渋沢は、日本で初めてつくられた銀行、第一国立銀行をはじめ、現在のJRや東京電力、帝国ホテルなど約480社の設立に関わった。一方で、500を超える慈善事業にも関わったとされ、「日本の資本主義の父」と呼ばれる。
「論語と算盤」では、道徳と経済活動、双方の必要性が説かれる。たとえば論語には、〈富と貴とはこれ人の欲する所なり、其(そ)の道を以(もっ)てせずして之(これ)を得れば処(お)らざるなり〉の一節がある。人の倫理を説く論語の趣旨もあり、富や地位を軽視していると理解されがちだが、渋沢はそうではない、とする。〈正しい道理を踏んで得たる富貴ならば敢(あえ)て差し支(つかえ)ないとの意である〉と、利益追求自体は否定せず、その手段の正しさを問題にした。
秩序を重んじる論語と、競争が原動力となる経済活動。守屋さんによると、一見、両極にある価値観が補完し合うことで、渋沢は、一つの原理原則に基づいていては排斥されてしまうものを、取りこぼさないようにしたという。「一つの原理に頼っている方が生きていくのは楽。でもその楽さに逃げてしまうと社会は壊れてしまう。社会の様々なものを包摂しながら良くしていく、という考え方です」
「論語的な価値観は無意識のうちに、ずっと日本に残り続けている」と守屋さん。たとえばそれは会社の組織風土に顕著だという。戦後、経済成長を遂げた日本企業は生活共同体の側面が強かった。年功序列はそのまま「長幼の序」につながる。「完全に実力主義とは言えない側面があった。給料は能力給ではなく、生活給だと言われていた」
ただ、良いことばかりではない。秩序を重んじる一方、組織は変わりづらい。身内重視の論理は不祥事の隠蔽(いんぺい)にもつながる。近年は成果主義という新たな価値観が導入され始め、混乱をきたしたとみる。企業などで研修もする守屋さんは、「もともと何をベースに組織ができていたのか、その良い面、悪い面は何だったのか。いま一度見直すのに『論語と算盤』は手がかりになる」と話す。(興野優平)=朝日新聞2021年2月10日掲載