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「領土の政治理論」「国境の思想」 「重なり合う合意」や共同管理へ 朝日新聞書評から

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月13日
領土の政治理論 (サピエンティア) 著者:マーガレット・ムーア 出版社:法政大学出版局 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784588603617
発売⽇: 2020/10/26
サイズ: 22cm/347,24p

国境の思想 ビッグデータ時代の主権・セキュリティ・市民 著者:マシュー・ロンゴ 出版社:岩波書店 ジャンル:データベース

ISBN: 9784000229739
発売⽇: 2020/12/18
サイズ: 21cm/284p

領土の政治理論 [著]マーガレット・ムーア/国境の思想 ビッグデータ時代の主権・セキュリティ・市民 [著]マシュー・ロンゴ

 近代国家の三大元素は、国民・国土・国権であり、それらのどれを欠いても国家の体をなさない。とりわけ国境線を引く前には、近代的意味での国家は存在しない。
 ボーダーを問うことは、それによって外部と区別された内実を問うことにほかならない。近代日本の国民・国権の意味を変容させたのは、「外縁部(ペリメーター)」の拡大である。
 それにしても、国境線とは誰が引き、誰が管理するのであろうか。また、現に引かれている国境線を、なぜ維持しなくてはならないのだろうか。かくして国境線の存在理由を問うということは、近代的意味での国家の存在理由を問うことにほかならない。すなわち、それは政治哲学の課題である。
 ムーアは、国家ではなく王家(クラウン)が、ロンドン会社に北米支配の勅許を与え、彼らの船が嵐で漂着した無人のバミューダを支配するに至る経緯から、議論を始める。そのようにして近代国家の与件をすべてご破算にしたところから、領土に対する権利の正当化根拠を点検し、歴史的不正をただす矯正的正義や、国土の一体性が危険に晒(さら)されたときの武力行使の可能性までをも包括的に検討している。
 当事者がみな自ら規範的根拠と考えるものに訴えるだけでは、紛争は激化するばかりで、「重なり合う合意」をめざすほかない。それを支えるのは、第一に(国家ではなく)集団的主体としての人民の占有という実態である。それが土地への愛着の根拠となる。第二に(ここでも国家ではなく)人民の集団的自治にまつわる自決権が尊重されなくてはならない。第三に、所有についての法的道徳的権利が必要だ。ムーアは、日本の竹島や尖閣諸島にも言及し、現状を覆すに足る論拠の不足を指摘する。
 他方で、ヒアリングや実地調査を踏まえつつ、まずはアメリカの抱えた論点を徹底的に考察し、最終的には国境の政治学(ポリティクス)全般を論ずるのがロンゴである。9・11以降の世界における国境は、内と外の双方による境界共同管理、それも共有すべき情報の共同管理によってしか成立していない。その陰で移動の自由という根柢(こんてい)的な人権を奪われる者がいる。その一方で、グローバル化により形式的に国境の壁が低くなり、逆に情報技術的な監視というもう一つの壁が高くならざるを得ない。為政者への信用=信託という古い政治思想が、ビッグデータ時代には、情報をどの民間企業に預けるかという形で更新されるのである。
 本書でロンゴが想定した敵はテロリストだったが、現在のそれは新型コロナウイルスである。国家安全保障(ナショナルセキュリティー)と情報セキュリティーが表裏一体となって、いま国境管理という国家論の本質問題を構成している。
    ◇
Margaret Moore カナダの政治哲学者。クイーンズ大政治学部および哲学部教授▽Matthew Longo オランダのライデン大専任講師(政治学)。米国の政治誌や新聞にも論文を寄稿。